「愛知県内の地方公共団体において人種差別撤廃条例の制定を求める意見書」サマリー

2025年(令和7年)2月18日

                           愛知県弁護士会

                           会長  伊 藤 倫 文

意見の趣旨

 当会は、愛知県及び愛知県内の市町村に対し、以下の内容を含む、人種等を理由とする差別を撤廃するための条例の制定を求める。

第1 下記1の行為であって、かつ、下記2の類型に該当するものを「人種等を理由とする差別的行為」と定義した上で禁止すること

1 人種等を理由とする差別[1]

 「人種、皮膚の色、民族的若しくは種族的出身、世系又は国籍に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」

2 人種等を理由とする差別的行為の具体的類型

(1)特定の者に対する差別的取扱い

(2)特定の者に対する侮蔑等の差別的言動

(3)不特定の者に対する差別的言動(攻撃型)

 人種等に関する共通の属性を有する不特定の者に関し、社会から排除し、権利若しくは自由を制限し、又は憎悪若しくは差別の意識若しくは暴力をあおり若しくは誘発することを目的とする、公然と行われる差別的言動であって、次に掲げるもの

イ 著しい侮蔑若しくは誹謗中傷その他人種等を理由とする共通の属性を有する個人又は集団を貶め、又は価値の低いものとして扱うもの[2]

ロ 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加えることを煽動し、又は告知するもの[3]

ハ その居住する地域から退去させることを煽動し、又は告知するもの[4]

(4)不特定の者に対する差別的言動(情報摘示型)[5]

 差別の意識をあおり又は誘発することを目的とする差別的言動であって、次に掲げる情報を頒布、掲示その他これらに類する方法で公然と摘示するもの(摘示した事実の有無にかかわらない)。

イ 人種等に関する共通の属性を有することを理由として、人を抽出し、一覧にした情報[6]

ロ 人種等に関する共通の属性を有するものが、当該属性を有することを容易に識別することを可能とする特定の地名、人の氏、姓その他の情報[7]

第2 「人種等を理由とする差別的行為」に対し、首長による勧告、禁止命令をできるようにすること

第3 首長の禁止命令に違反して、「当該地方公共団体の区域内の道路、公園、広場その他の公共の場所において、拡声機(携帯用のものを含む。)を使用し、看板、プラカードその他これらに類する物を掲示し、又はビラ、パンフレットその他これらに類する物を配布する」態様で行われる第1の2の(2)及び(3)の言動については、刑事罰を設けること[8]

第4 勧告、禁止命令が出された場合及び命令違反の行為が行われた場合には、当該差別的行為の概要を公表[9]し、首長の禁止命令を受け、あるいは禁止命令に違反した者については、氏名または名称を公表できるようにすること[10]

第5 インターネット上の第1の2(2)ないし(4)の言動について拡散防止措置[11]を講じること

第6 第1の2(2)ないし(4)の言動が公然と行われるおそれが、客観的事実に照らして、具体的に明らかな場合には、公の施設の利用制限ができるものとすること[12]

第7 人種差別撤廃の専門家からなる審議会を設置し、人種等を理由とする差別的行為の認定、勧告、禁止命令、刑事告発、公表、公の施設の利用制限については、首長が、その事前審査を受ける仕組みを設けること[13]

意見の理由

第1 条例制定の必要性

1 地域における人種差別撤廃条例の必要性

(1) 愛知県下におけるヘイトスピーチを含む人種差別の現状

ア ヘイトスピーチ

 ①2016年法務省ヘイトスピーチに関する実態調査報告書

 ヘイトスピーチを行っている団体のデモ数→2012年4月~2015年9月で100件(全国3位)

 ②報道等

 名古屋市内でヘイトスピーチを伴うデモ(2015年~2017年)、県内大学生の「朝鮮人を皆殺しにしろ」というTwitter投稿(2017年)、愛知県在住の韓国人に対する「ゴミはゴミ箱に! 朝鮮人は朝鮮半島に」というブログ投稿(2019年)、ウィルあいちにおける「犯罪はいつも朝鮮人」「リンチは鮮人の伝統行事」と記載されたカルタ展示(2019年)等

 ③愛知県のインターネットモニタリング事業における差別投稿の確認件数

                      被差別部落関連 在留外国人関連

2021年8月23日~2022年3月31日 195件    269件

2022年度                83件     381件

2023年度                99件     339件

イ ヘイトクライム

 ①1997年、小牧市内で複数の少年らが「外国語で答えられたため馬鹿にされたと思い込み、憤激して」行った暴行により日系ブラジル人の少年が死亡した傷害致死事件

 ②2002年、複数の愛知県下朝鮮学校生徒に対する暴言、嫌がらせ等

 ③2017年、「従軍慰安婦問題への韓国の対応をよく思っていなかったという動機」により男性が名古屋市内の朝鮮系金融機関の店舗で、火のついた布と灯油が入った容器をカウンター内に投げ込んだ事件

 ④2021年、男性が在日本大韓民国民団愛知県本部及び名古屋韓国学校の建物壁面等を焼損させた事件。当該男性は、京都府宇治市の在日コリアン集住地域であるウトロ地区の家屋にも放火し(6棟全焼)、京都地裁は、「主として、在日韓国朝鮮人という特定の出自を持つ人々に対する偏見や嫌悪感等に基づく」ものと犯行動機を認定。

(2)ヘイトスピーチの害悪 

ア 精神的身体的被害

 京都の朝鮮初級学校前でヘイトスピーチがなされた事件では、被害者らが、夜尿、夜泣き、大きな音に怯える、一人で外出ができなくなるなどの被害を訴えている。特定人に対しインターネット上のヘイトスピーチが執拗に繰り返された事件では、過去の差別体験のフラッシュバック、希死念慮、自傷行為、過食・嘔吐、円形性脱毛症、不眠、突発性難聴などの身体症状を来したことが報告されている。朝鮮奨学会の「韓国人・朝鮮人生徒学生の嫌がらせ体験に関する意識調査報告書」でも、ヘイトスピーチによって、韓国人・朝鮮人である自分を嫌だと思った、日本で生活することに不安や恐怖を感じている等の報告がある。 

イ 沈黙効果

 被害者は、自己喪失感、無力感により言葉を失い、さらなる攻撃を避けるために、被害を訴え、反論することが極めて困難な状況となる。

ウ ヘイトクライム発生等の事態の深刻化(ヘイト暴力のピラミッド)

 悪意なき先入観が社会に浸透していることが土壌となって、偏見に基づくヘイトスピーチが行われるようになると、 その数が増えるなかで制度的・社会的差別に発展し、遂には暴力行為が発生し、当初は散発的なものが徐々に社会全体に蔓延していくおそれがある。このようにして、先入観による行為→偏見による行為→(制度的)差別行為→暴力行為→ ジェノサイドというヘイト暴力のピラミッドが形成されると指摘されている。

(3)外国人集住地域であり、多文化共生を政策目標に掲げている地域であること

 2023年6月末現在の愛知県内外国人住民数は29万7248人(県内総人口割合 3.97%)/人口に占める割合は東京に次ぐ全国2位(2020年の国勢調査)/日本の外国人人口の9.4%が愛知県在住

(4)法令上の義務と国内における法状況の進展

 憲法第13条、第14条、ヘイトスピーチ解消法、人種差別撤廃条約が存在し、政府は人種差別撤廃委員会、国連自由権規約委員会から、ヘイトスピーチを犯罪化する刑法改正の検討などを求める勧告を受けている。

 地方公共団体では、愛知県、大阪市、東京都、川崎市、沖縄県、渋谷区、世田谷区、国立市、神戸市、大阪府、三重県等、各地で条例が制定されており、川崎市、京都府、京都市、新宿区等では公の施設におけるヘイトスピーチ防止のための利用許可に関するガイドラインが策定されている。

(5)憲法・条約及び解消法を実効化する条例の必要性

 愛知県内には、愛知県、津島市、大府市[14]に条例は存在するが、県内のヘイトスピーチ、ヘイトクライム等の深刻な実情を踏まえると、愛知県、県内市町村ではより一層実効的な取組が必要である。

 ヘイトスピーチ解消法の不十分さについては、日本弁護士連合会も、2023年4月14日に「人種等を理由とする差別的言動を禁止する法律の制定を求める意見書」を採択している。

第2 条例の具体的内容

1 刑事罰

 表現の自由に関し、ヘイトスピーチを行った者の氏名公表等の合憲性が認められた大阪市条例にかかる住民訴訟(最判令和4年2月15日)は、利益衡量論を採用した。

 ヘイトスピーチは刑法上の保護に値する[15]私生活の平穏[16]を害するところ、その被害は甚大であり、制限が必要とされる程度は極めて高い[17]。特に、今回刑事罰の対象とするヘイトスピーチは、より私生活の平穏が侵害される程度が高い類型であって、制限の必要性は高い。

 規制の対象についても、場所及び手段により相当程度限定し、過激で悪質性の高い必要最小限の範囲に限定している。

 また、制限は事後的であり、勧告、命令を経た上で刑事罰が科される段階的方式となっており、その都度審議会への諮問が義務付けられており、恣意的な運用を防ぐ仕組みになっている[18]

 悪質性の高いヘイトスピーチの抑止という規制目的は合理的かつ正当であり、制限される表現活動の内容及び性質は、悪質性の高いものに限られる上、その制限の態様及び程度においても、事後的かつ段階的な規制となっていることから、表現の自由の制限は、合理的で必要やむを得ない限度にとどまり、憲法21条1項に違反しない。

2 氏名公表

 大阪市条例裁判は、氏名公表の目的の合理性を認め[19]、氏名公表は事後的規制であり、大阪市条例のヘイトスピーチの定義が「不明確なものということはできないし、過度に広汎な規制であるということもできない」として、合理的で必要やむを得ない限度にとどまるとし、氏名公表の合憲性を認めている。

3 インターネット上のヘイトスピーチ

 開示請求が可能な場合は自己の権利を侵害された場合であり、集団に向けられたヘイトスピーチは対象外であるから、①プラットフォーム事業者に対する削除要請、②モニタリング事業が必要である。

 拡散防止措置やモニタリングは、表現活動が行われた後に行われるものである上、拡散防止措置は、プロバイダ等が要請に応じなかった場合に制裁を課すものではないから、表現の自由の制約として許容される。

4 公の施設の利用制限

 ヘイトスピーチによる公の施設の利用制限については、泉佐野市民会館事件最高裁判決(最判平成7年3月7日)に基づき、施設利用によって、生命、身体又は財産が侵害される事態が生じる場合でなければ、利用制限はできないという「迷惑要件」を課すべきであるとの指摘がある。

 上記判例は、申請団体の施設利用が敵対的聴衆による秩序紊乱を招く場合には妥当するが、ヘイトスピーチが、被害者の人格権、私生活上の平穏を侵害することや社会にもたらす害悪に鑑みると、ヘイトスピーチ対策にそのままあてはめることはできず、不当な差別的言動がなされる場合は、「迷惑要件」を課すのは妥当ではない[20]

以上

[1] 基本的に人種差別撤廃条約の「人種差別」の定義に倣っている。

[2] 例:ゴキブリ○○人

[3] 例:○○人を殺せ

[4] 例:○○人を日本からたたき出せ

[5] 「部落地名総鑑」等の頒布のように、個人が有する特定の属性を本人の同意なく明らかにする行為(アウティング)であり、就職や結婚等における身元調査等を助長・誘発し、当該特定の属性を有する者を地域社会から排除し、差別的意識を助長又は誘発するものであるから、解消法にはない類型であるが禁止されるべきである。

[6] 帰化した日本人や、朝鮮人のリスト等

[7] 一定の地名を同和地区であるとするリスト等

[8] 対策としては川崎市条例も同様の内容である(勧告、命令、罰金、氏名および命令内容の公表)。ただし、規制の対象について、本意見書の対象は第1記載のものであるが、川崎市条例はヘイトスピーチ解消法第2条の言動をさらに場所・態様で絞り込んで対象にしており、本意見書より禁止の対象がせまい。なお、本意見書の刑事罰の対象行為は本意見書第1の行為に絞りをかけているところ、川崎市条例を参照した。

[9] 東京都、愛知県条例にも概要の公表がある。ただし、対象はヘイトスピーチ解消法第2条の言動に限る。

[10] 大阪市や渋谷区にも氏名の公表がある。ただし、大阪市条例の対象は大阪市条例独自のものである。

[11] 本意見書より対象はせまいが、各地で以下のような条例がある。

ネット上のヘイトスピーチについて氏名公表(大阪市、沖縄県)

ネット上のヘイトスピーチの拡散防止措置(大阪市、東京都)

プロバイダへの削除要請等、ネット上の差別的言動の被害者支援(川崎市)

ネット上の誹謗中傷等防止のための教育・啓発、被害者支援、ネットモニタリング事業(愛知県)

[12] 公の施設におけるヘイトスピーチ防止のための利用許可に関するガイドラインを策定している自治体が存在する。愛知県人権尊重の社会づくり条例第9条に規定する「公の施設に関する指針」には、「ヘイトスピーチが行われるおそれがある」ことが明らかな場合に不許可とする旨記載がある。

[13] 人種差別の解消の措置に専門家の知見を積極的に反映させ、行政による恣意的・濫用的な過度の人権制約を防止するため。

[14] 出身・人種・国籍・言語等による差別等人権侵害行為の禁止を明記

[15] 私生活の平穏は、憲法第13条の人格権に由来するものであり、その他の法令においても、刑事罰による保護に値する重要な利益と捉えられている。たとえば、ストーカー規制法の保護法益について、通説は、「個人の身体、自由及び名誉」と「生活の安全と平穏」の両者と解している。川崎市条例も、ヘイトスピーチにかかる罰則の保護法益について、「居住する地域において平穏に生活する権利」ととらえている。

[16] 保護法益を私生活の平穏と捉えることは大阪市条例裁判の判示とも矛盾しない。在日韓国人に対する排除煽動型のブログ書き込み(「日本国に仇なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ。」)に対する損害賠償請求事件(横浜地川崎支判令和5年10月12日)や、被差別部落地域の出身者である原告らの個人情報がインターネット上で公開されたことに対し、当該記事の削除請求や損害賠償が認められた事件(東京高判令和5年6月28日)でも、私生活の平穏は法的保護に値する利益であると認定された。

[17] 大阪市条例裁判控訴審は、「特定の人種や特定の民族等に属する集団を侮蔑し、誹謗中傷する表現活動が反復継続された場合には、当該人種又は当該民族に対する偏見、差別意識、憎悪等の感情が温存、醸成、助長、増幅され、さらには、これらの感情が、当該人種又は当該民族に属する個人(特定人)に対する当該人種又は当該民族に関する侮蔑又は誹謗中傷や暴力行為へと進展することも容易に想定される」と判示し、上告審は、「その内容又は態様において、殊更に当該人種若しくは民族に属する者に対する差別の意識、憎悪等を誘発し若しくは助長するようなものであるか、又はその者の生命、身体等に危害を加えるといった犯罪行為を扇動するようなものであるといえるから、これを抑止する必要性が高い」としている。

[18] 暴走族追放条例の合憲性が争われた最判平成19年9月18日は「直ちに犯罪として処罰するのではなく、市長による中止命令等の対象とするにとどめ、この命令に違反した場合に初めて処罰すべきものとするという事後的かつ段階的規制によっていること」を、利益衡量の要素とした上で合憲判断をしている。

[19] 前掲注17

[20] 愛知県条例に基づき定められた「公の施設に関する指針」でも、迷惑要件は課されていない。