文部科学省は、令和3年6月2日、生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書である「生徒指導提要」の改訂に関する協力者会議設置を決定し、令和3年度内のとりまとめを目ざしています。そして、第1回協力者会議において配布された「資料・生徒指導提要の改訂にあたっての基本的考え方」においては、学校におけるいじめの重大事態、暴力行為、不登校の児童生徒数、児童生徒の自殺者数の増加傾向など課題の深刻化が冒頭に指摘され、いじめ防止対策推進法や義務教育の段階における普通教育の機会の確保等に関する法律(以下「教育機会確保法」と略称)等の施行などの状況変化を踏まえ、積極的な生徒指導など生徒指導の概念・取組の方向性を再整理するなどの方針が示されました。

 この「基本的考え方」が指摘する課題の深刻化は、18歳以下の自殺者が夏休み明けの9月1日に最も多くなることや、いわゆる「指導死」が相次いでいることなどからも明らかなように、学校において安全と安心を確保されて自由に学ぶ子どもたちの基本的な権利が保障されていないことの現れです。それにもかかわらず、この「基本的考え方」では、子どもたちの基本的な権利の保障について一言も述べられていません。生徒指導にあたっては、学校における子どもたちの権利を保障することが喫緊の課題であり、生徒指導提要の改訂においては、子どもたちを教育指導の対象とする旧態依然の生徒指導観を改め、子どもの権利条約が求めている「子どもたちが権利行使の主体であること」を学校及び教職員が意識できるようにしなければなりません。

 2016年改正児童福祉法は、児童福祉は子どもの権利条約の精神に則り、すべての子どもは権利の主体であること(1条)、社会のあらゆる分野で子どもの年齢と発達に応じ、その意見が尊重され、子どもの最善の利益が優先して考慮されること(2条)、この原理はすべて児童に関する法令の施行にあたって、常に尊重されなければならないこと(3条)と定めました。教育機会確保法1条においても、教育機会確保の施策について、子どもの権利条約の趣旨に則ることが明記され、3条では安心して教育を受けられるよう学校における環境の確保が図られるようにすることが基本理念として求められています。

 このように子どもの権利条約の趣旨が子どもに関わる重要な法律に反映されていることに照らせば、生徒指導提要でも、子どもの権利条約に基づく子どもの権利を生徒指導にあたる教員が尊重すべきものとして明記して当然であり、今日の学校において子どもたちが直面する深刻な問題を背景に行う改訂においてこれに言及しないことは、不自然、不十分であり、学校及び教職員が生徒指導における子どもの権利を尊重することの重要性を正しく理解することが困難になります。

 この問題は、1997年7月14日付「子どもの権利条約に基づく第1回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書」において批判しているとおり、日本が子どもの権利条約を1994年に批准した際の文部事務次官通知(同年5月20日付)が、「(本条約は基本的人権の尊重を基本理念に掲げる日本国憲法,教育基本法等と軌を一にするものであるから)本条約の発効により,教育関係について特に法令等の改正の必要はない」、「意見を表明する権利、表現の自由についての権利等の権利について定められているが、もとより学校においては、その教育目的を達成するために必要な合理的範囲内で児童生徒に対し、指導や指示を行い、また校則を定めることができるものであること」「本条約第12条1の意見を表明する権利については、表明された児童の意見がその年齢や成熟の度合いによって相応に考慮されるべきという理念を一般的に定めたものであり、必ず反映されるということまでをも求めているものではないこと」などと、同条約に対する防衛線ともいえる消極的な方針を示したことに由来し、学校教育現場において、「子どもに権利を教えるとわがままになる」という誤った考えを放置し、積極的に教職員にも子どもたちにも子どもの権利条約を学ぶ機会を保障しない態度をなお引きずるもので、子どもの権利条約の締結国の周知義務を規定した子どもの権利条約42条に反するものといえます。

 国連子どもの権利委員会第4回・第5回統合定期報告書に関する総括所見においても、日本の教育に関して「自己に関わるあらゆる事柄について自由に意見を表明する子どもの権利が尊重されていないことを依然として深刻に懸念する」と懸念が示され、「...学校...において、すべての子どもが意味のある形でかつエンパワーされながら参加することを積極的に促進する」ことが未だに勧告されている状況にあります。

 いじめ、不登校、自殺などいずれの問題に関しても、学校で傷ついて、人と関わることを避け、あるいはいのちさえ絶ってしまう多数の子どもたちの苦悩を忘れることなく、子どもたちの権利を保障するために、ひとり一人の児童生徒への理解に基づき、人格、人権を尊重して、寄り添い支えることを生徒指導の基本理念とすることが求められています。そのような教育環境を確保することこそ、子どもたちの間にいじめ等の問題を防止し、解決する力が生まれ、子どもたちの生きる力を育てる教育の実現に繋がります。

 以上から、生徒指導提要改訂にあたっては、子どもの権利条約に基づく生徒指導がなされるよう、基本理念として、また各項目において、子どもが権利の主体であることを尊重した生徒指導となるような記載を求めます 。

2021(令和3年)年10月7日

愛知県弁護士会    

会 長 井 口 浩 治