1 はじめに

 現在国会で審議中の出入国管理及び難民認定法改正政府案(以下「本法案」という。)は、2019年に生じた大村入国管理センターでの餓死事件を1つの契機として「収容・送還に関する専門部会」で議論され、その後の検討を経たもので、一貫して長期収容問題の解消や送還忌避防止のために必要という説明がなされている。このような中、令和3年3月6日に、名古屋出入国在留管理局の収容施設において、30代のスリランカ国籍の女性が死亡するなど、入管施設内での死亡事件が繰り返し発生しており、入管施設での収容問題は、喫緊の課題である。

 しかし、本法案によっては、以下に述べるとおり、長期収容問題や送還忌避問題が解消されず、被収容者の人権擁護や難民保護の問題が改善されることなく、現状を踏まえた外国人在留や難民の抜本的改善につながらないため、当会は本法案を到底容認できない。

 日本弁護士連合会は、本年2月26日付け「出入国管理及び難民認定法改正案(政府提出)に対する会長声明」において、抜本的な修正がなされない限り、本法案に反対であるという立場を表明しており、当会としても立場を同じくするものである。

2 国際機関の指摘事項を踏まえていないこと

 出入国在留管理庁収容施設での身体拘束は、2020年8月28日、国連人権理事会の恣意的拘禁に関する作業部会から、収容期間に上限がない身体拘束であることや効果的な司法救済の機会が確保されていないことなどから、市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)第9条1項が禁じる「恣意的拘禁」に当たると指摘を受けているところである。また、本法案について、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連人権理事会の特別報告者からも法案への懸念が示されている。本法案は、収容に際し、収容の可否や期間について司法審査の機会がないまま、収容期間の上限を定めない無期限が前提の身体拘束がなされるという従来の制度を変える内容とはなっていない。

3 制度が創設・改正されることによる様々な弊害があること

 本法案は、①収容に代わる監理措置制度及び不法就労罪や仮放免逃亡罪の創設、②送還に応じなかった者に対する退去命令制度及び退去強制拒否罪の創設、③難民申請者に対する送還停止効の一部解除の創設、④在留特別許可申請手続の創設など、多数の制度創設や改正を含むものである。

 しかしながら、これらの制度の創設・改正には、以下のとおり、人権擁護の観点から様々な弊害が生じさせる懸念がある。

(1) ①収容に代わる監理措置制度及び不法就労罪や仮放免逃亡罪の創設について

 収容に代わる監理措置制度は、出入国在留管理庁が選任した監理人が、対象の外国人の生活状況を把握し、指導・監督を行うとともに、出入国在留管理庁主任審査官に報告する義務を負わせるものであって、違反行為には、過料の制裁が規定されている。そもそも、対象外国人を収容しない場合には、その生活などについては、本来国が責任を負うべき立場にあり、監理人となりうる者に責任を転嫁することは、妥当でない。加えて、監理措置制度は、監理人となりうる弁護士や支援者と対象外国人との間に利益相反や守秘義務違反が生じるリスクがある上、対象外国人との間の信頼関係も毀損させるおそれがあり、対象外国人への支援活動を大きく委縮させるものである。

 また、不法就労罪や仮放免逃亡罪は、収入もなく社会保障も受けられない対象外国人が就労したこと自体を刑罰の対象とするもので、対象外国人の生存すら脅かす可能性があり、人道に反する。

 仮放免逃亡罪に関しても、保証金の没取に加え、さらに刑罰を科す結果となり、仮放免を受けた外国人に対し、二重の制裁を科すに等しく、刑罰の謙抑主義に反する。

(2) ②送還に応じなかった者に対する退去命令制度及び退去強制拒否罪の創設

 退去命令制度は、退去強制令書が発付された者に対し、本邦からの退去を命じるものであり、違反行為を罰則の対象とするものである。被収容者には、国籍国に渡航したことのない子どもや本邦に配偶者など家族がいる者など、様々な事情を抱え本邦での在留を希望する者がいる中、それらの事情を抱えた被収容者に対し、退去強制令書が発付された場合、退去命令制度及び退去強制拒否罪の創設は、罰則の適用を恐れ、退去強制令書の処分の適法性を裁判で争うことを躊躇させる結果となりかねず、被収容者の裁判を受ける権利(憲法32条)の制約となるとともに、被収容者を支援する弁護士や支援者が共犯として訴追されるおそれを生じさせるものであり、看過できない悪影響がある。

(3) ③難民申請者に対する送還停止効の一部解除の創設について

 難民申請者に対する送還停止効の一部解除は、難民認定申請手続の審査中には送還されないといういわゆる送還停止効に関し、3回目以降の難民認定申請者等に対し、送還停止を定めた条文を適用せず、その結果、送還が可能となることが規定されている。

 しかしながら、諸外国に比べ、本邦の難民認定率は著しく低く、適切な難民認定手続がなされているとは言い難い現状がある中、難民申請の回数によって送還停止が適用されないとし、難民認定申請者を送還することは、難民認定申請者の生命・身体の危機を生じさせる可能性が大であり、ノン・ルフルーマン原則(難民の地位に関する条約第33条1項)にも反するおそれがある。本来であれば、初回手続で、より短時間に適切に保護すべき難民が保護される制度への改善を図るべきであり、そのためには、現状を分析し、さらに踏み込んだ議論を行う必要がある。

(4) ④在留特別許可申請手続の創設について

 本法案は、収容令書によって収容された外国人等に対して、従来は申請権がないとされていた在留特別許可の申請権を付与するとともに、従来はガイドラインとして作成されていた在留特別許可の判断に当たって考慮すべき事情を法律に明記したものとなっている。

 この点、2019年12月末時点で、仮放免されている被収容者のうち304名が20歳未満であったこと、2020年末で、258万2686人の中長期在留者と30万4430人の特別永住者が生活していること、2019年に成立した婚姻のうち、夫婦の一方が外国人の割合が3.7%に達していたこと、2019年に出生した子のうち父母の一方が外国人である子の割合が2%を超えているといった現状に鑑みれば、在留特別許可の判断に当たっては、家族の統合や子どもの最善の利益についても積極的に考慮すべきものとして法律に明記される必要がある。

 しかしながら、本法案においては、単に「家族関係」について考慮するものとされているに過ぎず、上記のような現状を十分に踏まえた立法とはいえない。

4 新型コロナウイルス感染症による国家間の移動の変化

 現在新型コロナウイルス感染症の世界的大流行により国家間の移動は困難になっており、退去強制により家族の分離がなされた場合や人道上の問題がある者が本国に帰国した場合に、国家間の移動を前提とする家族の交流や、さらに本国以外への国家間の移動をすることは、物理的にも経済的にも困難な状態になっている。しかし、本法案は現在の国家間の移動の状況を全く踏まえていない。

5 結語

 以上のとおり、本法案は、外国人の人権擁護の観点から容認できるものではないので、当会は、抜本的な修正がなされない限り、本法案の成立に反対する。

2021年(令和3年)4月30日

     愛知県弁護士会     

会 長  井 口 浩 治