今国会に提出された少年法改正案(以下「改正案」といいます)は、18歳・19歳を「特定少年」とし、実名報道の許容を含め成人同様の刑事処分が原則となってしまう危険性を孕む特例等を規定しています。これは、従前の少年法適用年齢引下げ案に代え、18歳・19歳を少年法2条の「少年」に含めることを形式的に維持しつつ、同法1条の「健全な育成」の理念に基づく保護主義とは実質的に矛盾する特例規定を少年法に混入させ、現行憲法のもとで築かれた少年の成長発達を支援する少年法制を瓦解させるもので、強く反対せざるを得ません。

 

第1 少年法制の基本理念(「健全な育成」の理念に基づく保護主義)

1 わが国憲法は、人格的自律の存在として自己を主張し、そのような存在であり続ける上で必要不可欠な権利・自由を包摂する主観的権利としての幸福追求権(憲法13条後段)、子どもが成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をすることをその内実とする教育を受ける権利(憲法26条1項)を保障しています。また、子どもの権利条約6条及び29条では、子どもの生存及び発達、教育を受けることによる人格形成等が最大限確保されることが定められています。類型的に心身が未熟で生存や発達の確保も他者に依存するところが大きくあり、成長途上にあって、環境に支配されやすく、また、傷つきやすいけれども可塑性に富む少年にとっては、失敗しながら学び、人格的自律の存在として成長することができる環境の整備が不可欠で、したがって、少年に関わる手続はすべて、その成長発達を支えるべきものであることは、憲法上、また国際法上からも要請されるものです。少年法1条に定める「健全な育成」という理念はこれらの要請に由来するものです。

2 この「健全な育成」の理念は、少年の実像を踏まえ、非行を育ちの過程の問題とみる非行観に立ち、非行への責任非難よりも、個々の少年を理解するなかで非行の意味を理解し、科学的合理的な根拠のある個別的処遇を行うことを求めるものです。育ちの過程で虐待、いじめ、不適切な扱い等により傷ついた被害を背負っている少年も多く、その非行の背景を理解し、科学的な個別的処遇として教育、医療、福祉的援助(司法ソーシャルワーク)を活用する保護処分等によって、少年は適切な人間関係の中で自己肯定感を取り戻し、真に犯罪被害者の心情と自らの責任を理解、内省して更生できるのです。

3 わが国の少年法制は、成長過程にある少年を改善し、少年が被害者の苦悩や思いを理解し、贖罪の意識と内省を深めるとともに、社会への適応性を高め、建設的な社会参加ができるよう促し、自立更生に導く保護主義によって、非行防止の実績をあげてきました。実際にわが国では、劇的に少年非行が減少しています(少年人口あたりの発生数で比べて、令和元年には最も人口比の高かった昭和56年の約6分の1となっています)。改正案は、特定少年を司法ソーシャルワーク的支援から分断し、憲法の趣旨に鑑み権利として保障される健全な成長発達の機会を奪うものです。

第2 改正案の矛盾と問題点

1 不合理な差別的取扱いであること

 改正案は、18歳・19歳を「特定少年」と規定し(62条1項)、特定少年の非行の内容に関しては、少年法3条1項3号(ぐ犯)を除外し(改正案65条1項)、犯罪に限定しました。すなわち、改正案は、少年法に定める「少年」のうち、罪を犯した18歳・19歳を「特定少年」とし、18歳未満の少年と区別しています。

 国連子どもの権利委員会の一般的意見第24号「少年司法制度における子どもの権利」(General comment No. 24 (2019) on children's rights in the child justice system CRC/C/GC/2432項では、脳の発達が20代前半まで続くことを示す発達学上及び神経科学上のエビデンスにのっとり、18歳以上の者に対する子ども司法制度の適用を認めている締約国を称賛すると述べています。この観点からすると、これまで個別処遇の原理による利益を受けていた18歳・19歳をその対象から外すという改正案は、合理的理由がない差別的取扱いをするものであり、憲法14条1項の「法の下の平等」に悖ります。

2 刑事処分を原則化する危険性を孕むこと

 改正案は、少年を刑事処分にするために検察官送致決定(逆送)ができる罪を「死刑、懲役又は禁錮に当たる罪」と限定している少年法20条1項を「特定少年」には適用しないこととし、罰金以下の刑に当たる罪も含むすべての犯罪について「その罪質及び情状」により検察官送致を可能としています(改正案62条1項)。この規定は、特定少年の非行を犯罪に限定し、後記「4」で指摘する「ぐ犯」により保護を要する少年を除外したこととあわせて考察すると、特定少年につき、犯罪に対する刑事処分を原則とする特例を定めた趣旨であると解せられる余地が生じます。加えて、改正案62条2項において検察官送致を義務づける罪(原則逆送)の範囲を大幅に拡大したうえ、非行事実及びその結果、少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときのみ、検察官送致決定をしないこととしました。少年法の健全育成の理念に基づけば、科学的合理的根拠に基づく保護処分を優先すべきですが、改正案は、このように特定少年への刑事処分を原則化しかねない危険性を孕むものです。

3 少年法24条1項の保護処分の不適用

 特定少年には少年法24条1項の保護処分の規定を適用せず、「犯情の軽重を考慮して」、6月の保護観察、2年の保護観察、3年以下の期間を定めた少年院送致という3種類の特異な「保護処分」を定めました(改正案64条)。

 これは、少年法の保護主義とは異質な刑事裁判における行為責任主義に基づく量刑判断と同様の判断基準に基づいて決定される「保護処分」ともいうべきものです。少年法24条1項の保護処分が、科学的調査により非行原因、背景を解明し、少年の個別的な要保護性に応じて処遇決定を行うものであることと対比すると、改正案が特定少年の特例と定めるここでの「保護処分」は、まったく似て非なるものというべきです。また、改正案には、少年院法において、特定少年を収容する第5種少年院が規定されていますが、少年の社会復帰につなぐ仮退院と仮退院中の保護観察による援助の制度の対象から特定少年を原則排除する(少年院法135条、更生保護法71条の仮退院の対象から特定少年を排除する)などとされ、それらが少年院における教育、処遇にどのような影響を及ぼすかについて、何ら検証がなされていません。

4 ぐ犯の除外

 前述のとおり、改正案は、特定少年の非行の内容に関しては、少年法3条1項3号(ぐ犯)を除外し(改正案65条1項)、犯罪に限定しました。特定少年の非行から、ぐ犯を除外することは、ぐ犯の非行類型として、寄る辺なき境遇のもとで主体性を失った被害者の立場にある女性の少年等が18歳・19歳にも少なくない実態のなかで、犯罪にも巻き込まれる危険に晒されるような状況の少年を社会的支援から切り捨てることになります。ぐ犯を除外する社会的必要等の合理的な理由は何ら示されていません。

5 刑事事件の特例の適用除外

 改正案は、特定少年に対し、刑事裁判の行為責任主義(改正案62条)を原則化するほか、検察官送致決定後の勾留等刑事手続に関する少年法43条3項(少年に対する勾留請求の制限)、48条1項(少年の勾留の必要性の制限)、49条1項、3項(成人との分離原則)、49条2項(刑事裁判の個別審理)、52条(不定期刑)、54条(換刑処分の禁止)、56条1項、2項(刑事施設での分離原則)を適用除外としています。このように少年が刑事手続の過程で無用に傷つくことを防ぎ、情操保護の配慮に関する規定を悉く適用除外していることは、前記第1で述べた少年法制の基本理念に反するもので受け入れられません。

 とりわけ、改正案が、起訴された特定少年につき実名報道を許容したこと(改正案68条)は、少年法の保護主義に基づく社会的援助から少年を分断するものと言わざるを得ず、少年の社会復帰、社会参加のために重大な致命的不利益を、合理的な理由もなく少年やその家族に与えるものと言わざるを得ません。それは少年の適切な社会適応を妨げることにより、再非行への社会的不安を増大させる悪循環に陥るおそれがあるというべきです。

第3 結び

 「子どもに未来を保障し得ない社会に未来はない。法に触れた少年にとっても優しい社会こそが真に子どもにとって優しい社会だといえる」(内田博文(2018.法に触れた少年の未来のために みすず書房)の言葉のとおり、改正案が少年法の保護主義を制度上著しく後退させているのは、子ども政策の根幹にかかわる問題です。

 現在、少年非行が継続して激減している社会状況に照らしても、18歳・19歳の非行について刑罰を強化することによって犯罪抑止に迫られている社会的必要があるわけではありません。18歳・19歳の少年に何ら合理的な理由なく「特定少年」のラベルを貼り、特例を定める改正案に強く反対します。

2021(令和3年)年3月31

愛知県弁護士会 

会長 山 下 勇 樹