2017年(平成29年)11月7日

愛知県弁護士会 会長 池 田 桂 子  

民法の成年年齢引下げに反対する意見書

第1 意見の趣旨

民法の成年年齢について,若年者の消費者被害拡大を防止する観点から,現段階での成年年齢の引下げに反対する。

第2 意見の理由

1 はじめに

2009年(平成21年)10月,法制審議会は,「民法の成年年齢の引下げについての最終報告書」(以下,「最終報告書」という。)を採択した。最終報告書では,「民法の成年年齢を引き下げると,18歳,19歳の者の消費者被害を拡大させるなど様々な問題を生じさせることが懸念される」ため,消費者保護施策・消費者関係教育の充実等の「施策を講じ,これらの問題を解決していく」ことが必要であるとされ,引き下げの時期については,これら施策の効果が十分に発揮されるにはある程度の時間を要するとして,若年者を中心とする国民に施策の効果が浸透する程度やそれについての国民の意識を重視すべきとしていた。

しかし,その後現在に至るまで,上記施策の整備や,その効果が十分に発揮されているとは言い難い状況である。また,2017年(平成29年)9月22日付で,法務大臣が「法務省としても法案については,できる限り早い時期に国会に提出できるよう準備を進めており,そのスピードは変えない方向でやってまいりたいと思っています。」と回答しており,2018年(平成30年)の通常国会では同法案が提出されるものと思われる

以上の状況を踏まえて,当会は,引下げに反対する意見を述べると共に,引下げをするだけの立法事実がない反面,引下げをした場合にはこれによって生ずる18歳,19歳の若年者の消費者被害拡大の懸念等につき,以下のとおり意見を述べる。

2 民法の成年年齢引下げの必要性について
(1)最終報告書は,民法の成年年齢を引き下げることの意義(必要性)につき,概要以下のとおりとしている。

ア 若年者を将来の国づくりの中心としていくという,国としての強い決意を示すことにつながること

イ 18歳に達した者が,自ら就労して得た金銭などを,法律上も自らの判断で費消することができるようになるなど,社会・経済的に独立した主体として位置づけられるようになること

ウ 民法の成年年齢と選挙年齢は必ずしも一致する必要はないものの,両者は特段の弊害がない限り一致していることが法制度としてシンプルであること

(2)しかし,最終報告書の掲げる上記必要性は,成年年齢引下げをする理由にはならない。

ア まず,若者の自立の遅れが議論されている現在の状況からは,まずは若年者の自立を支えていく仕組みづくりを先行させる必要がある。それがなされないまま民法の成年年齢を引き下げることは,自立が困難な若年者への保護や支援の必要性を見えにくくし,未成年者取消権の喪失と相まって,若年者がさらなる私法的責任を負わされることにより,より困難な状況に追いやられることが懸念される。

また,民法の成年年齢が定められたのは1896年(明治29年)のことであって,社会の高度化,複雑化,分業化が進んだ今日においては,若者が学ばなければならない事柄が明治時代に比して飛躍的に増大している。以上からすると,成人年齢は引き上げの方向で議論されることも検討されるべきといえる。

イ 18歳に達した者が自ら就労して得た金銭を制限なく自ら費消できることは,若年者の自己決定権の尊重につながる面もあろう。

しかしながら,文部科学省が2015年(平成27年)8月6日に発表した「平成27年度学校基本調査(確定値)」によれば,高等学校卒業者のうち,2015年度における大学・短大進学率は54.6%,専門学校進学率は16.7%,就職率は17.7%である。また,1998年度以降,大学・短大進学率は常に増加傾向にあるのに対し,専門学校進学率はほぼ横ばい,就職率は減少傾向にある。つまり,このように就職率が2割以下であり,かつ低下傾向にあることを踏まえると,「18歳に達した者が就労して得た金銭」の処分に着目すれば,むしろ,民法の成年年齢は引き上げ方向で検討されるべきである。

さらに,現行の民法では,①単に権利を得,又は義務を免れる行為②目的を定め,又は定めずに法定代理人が処分を許した行為③営業を許された行為については,金額の上限なく,未成年者が単独で法律行為ができると規定されている。したがって,「18歳に達した者が就労して得た金銭」を処分することについて,現行の制度でも不都合はない。

ウ 民法の成年年齢と選挙年齢を一致させる必然性はない。そもそも,法律における年齢区分はそれぞれの法律の立法目的や保護法益によって定められるものであり,個別具体的に検討されるべきであって,法制度としてシンプルかどうかといった点で議論されるべきではない。

現行制度の下でも,選挙権と被選挙権,成年年齢と婚姻年齢は異なっており,被選挙権に至っては,衆議院議員と参議院議員の被選挙権,都道府県議会議員と都道府県知事の被選挙権の年齢はそれぞれ異なる。法制度として,全くシンプルではない。すなわち,法制度としてシンプルか否かというのは,成年年齢引下げの理由にならない。

3 引下げには多くの問題があること

他方,成年年齢引下げには次のような問題点がある。

(1)未成年者取消権の喪失

現行の民法では,18歳,19歳の若年者を含む未成年者が単独で行った法律行為については,未成年者であることのみを理由として取り消すことができる。この未成年者取消権は,未成年者が違法もしくは不当な契約を締結するリスクを回避するにあたって絶大な効果を有している。また,未成年者を対象に違法または不当な契約を締結しようとする事業者に対して,強い抑止力となる。

2015年(平成27年)の国民生活センターの調査によると,マルチ取引に関する相談件数のうち,「20~22歳」の相談件数は「18~19歳」の約12.3倍である。このデータからも,20歳になったとたんに若者がマルチ取引の勧誘を受けていることがわかる。未成年者取消権の存在は,悪徳業者に対して,未成年者を契約の対象としないという大きな抑止力になっていることは明らかである。民法の成年年齢が引き下げられ,契約年齢が引き下げられると,18歳,19歳の者が,現状よりも悪徳業者のよりよいターゲットとなり,(借入等をさせた上で)不必要に高額な契約をさせられる危険がある。

また,ローン・サラ金に関する相談件数については,「20~22歳」が1148件/年であるのに対し,「18~19歳」は102件/年であり,20歳以上になると相談件数が大幅に増えている。「18歳~19歳」の若年者に対して契約締結の行為能力を認め,未成年者取消権を喪失させることによって,経済的基盤を有しない若年者が安易にローンを組むなどして債務超過の状態に陥ってしまい,貧困を助長し,立法目的とは裏腹に,経済的自立を妨げかねない。

(2)国民が成年年齢の引下げを望んでいないこと

成年年齢の引下げは,日本において何歳を大人として扱うかという重要な問題であり,すべての国民の間で十分に議論を押し進めるべきである。

2015年(平成27年)に実施した読売新聞の世論調査では,成年年齢を18歳に引き下げることについて,賛成46%,反対53%であった。このように,世論の成年年齢引下げに対する意見が賛成派・反対派で拮抗している段階では,国民の間で議論が十分になされているとはいえない。

したがって,世論が明確になっているとはいえない現段階では,成年年齢引下げについて結論を出すことはできない。

(3)高等学校で消費者被害が蔓延する危険性があること

成年年齢が18歳に引き下げられると,「高校3年生」世代は,悪徳業者にとっての新たな市場となる。先輩後輩関係や,友人関係等を用いて,マルチ商法等に巧みに勧誘する悪徳業者が増加するおそれがある。

そして,学級内という限られた世界の中で,1人がマルチ商法を始めると,それが伝播し,学級の内部でマルチ商法などの消費者被害が蔓延するリスクがある。

18歳で成年に達しているとすると,未成年者取消権を行使できないことから,被害に遭った生徒の救済も難しくなる。

4 消費者問題拡大に対する必要な手当がされていないこと

(1)これまで,18歳,19歳などの未成年者は,消費者被害に遭ったとしても「未成年者取消権」によって手厚く保護されてきた。20歳以上になると消費者被害に関する相談件数が増加するといったデータもあることから,「未成年者取消権」がなくなれば,18歳,19歳の若者が消費者被害のトラブルに巻き込まれることは必至である。

それにもかかわらず,成年年齢の引下げを行うのであれば,以下のような施策が必要と考えられる。

(2)つけ込み型不当勧誘についての取消権

18歳,19歳を含む若年者が社会経験や知識に乏しいことにつけ込まれ,消費者被害に遭うおそれが高いため,消費者契約法を改正して,知識や経験不足,判断力不足等の合理的な判断を行うことができない事情を利用して契約を締結させた場合について,若年者を含む消費者が契約を取り消すことができる旨を定めるべきである。

(3)特定商取引についての若年者取消権

特定商取引に関する法律で規制される訪問販売,通信販売,電話勧誘販売,連鎖販売取引などの取引は,もともとトラブルを誘発しやすい取引類型として規制されており,若年者の被害も多くみられる。18歳,19歳の若年者が,社会経験や知識に乏しいことにつけ込まれ契約した場合に,未成年者取消権を行使できないという不都合を回避するため,若年者取消権を創設する,取引をすることが不適当な者への勧誘を禁止する,事業者が若年者と取引する際には知識,経験,財産状況に照らして当該取引が不適当ではないことの調査義務を課すなど厳しい事業者規制を設けるべきである。

(4)クレジット契約についての規制

若年者には,クレジットを利用することで高額な契約をさせられるといった消費者被害が多いことから,割賦販売法を改正し,18歳,19歳の若年者がクレジット契約をする際には,資力要件とその確認方法について厳格な審査を行うようにすべきである。例えば,収入額の確認について,源泉徴収票などの書面をもって資力を確認することを義務付けることなどが考えられる。

(5)キャッシングに関する規制

若年者の消費者被害では,消費者金融等の貸金業者から借り入れをさせることで支払いを行わせる事例が多く見られる。

そこで,18歳,19歳の若年者についての資力要件とその確認方法について,クレジット契約についての規制と同様な厳格な審査を行うようにすべきである。

(6)これらの施策が不十分なまま法改正がされる予定であること

前述のとおり,2018年(平成30年)の通常国会で民法の成年年齢を18歳に引き下げる改正法案の提出が予想されるが,消費者保護のための上記施策がとられる具体的な見通しは立っていない。すなわち,本年1月には,本年内閣府消費者委員会が,消費者被害拡大への懸念の観点から「望ましい対応策」として消費者契約法での知識・経験不足につけ込んで締結させた契約の取消権の創設などの施策を提言する報告書を消費者庁に提出しているが,本年8月に公表された消費者委員会・消費者契約法専門調査会の報告書では,恋人商法等の極めて限定的な取引類型についての手当が提言されているに止まり,知識・経験や判断力の不足につけ込む不当な勧誘による被害を広く取消権の対象とする包括的な受け皿規定は引き続き検討するという扱いに留まっており,また,消費者契約法以外の法律による施策については未だ何らの検討もなされていない。

民法上の成年年齢を18歳に引き下げると,18歳,19歳の消費者被害拡大が懸念されるにもかかわらず,上記施策をとらないのであれば,改正により若年者の消費者被害だけが増える結果になることは明白である。

5 現状の消費者教育では不十分であること

2012年(平成24年)に消費者教育推進法が定められ,国は,授業等において,体系的な消費者教育を行うための各種施策を推進する義務を負っている(同法11条1項)が,残念ながら,一部の先進的な学校を除き,かような機会も体系的な教育も行われていないのが現状である。そもそも,消費者教育を行うための教員の確保ができていない。

仮に民法の成年年齢を引き下げる法案が成立したとしても,消費者教育を行うための教員が確保できていない以上,小中学校などで生徒らに対して消費者教育などが十分に実施されることは想定しづらい。

このような状況において,若年者に対する各種の法整備を行う前に,18歳に成年年齢を引き下げるのであれば,それは,18歳及び19歳の若者から未成年者取消権を奪うだけの結果になろう。

6 おわりに

以上から,成年年齢の引下げについて,引下げを裏付ける立法事実がないだけでなく,引下げにより当然予測される若年者の消費者被害防止の観点から必要な施策は極めて限定的な手当てしか取られる予定はないことから,当会は,現段階での成年年齢の引下げに反対する。

以上