1 2019年9月10日、本年度司法試験合格者が発表され、1502人の受験者が合格者とされた。

 2015年6月に法曹養成制度改革推進会議が発表した「法曹養成制度改革の更なる推進について」と題する決定において、司法試験合格者数の当面の数値目標が年間1500人程度とされてから、4回の司法試験が実施されたことになる。この間の合格者数・受験者数・合格率・倍率の推移は以下のとおりである。

   年度    合格者数   受験者数   合格率    倍率

  2016年  1583人  6899人  22.9%  4.36倍

  2017年  1543人  5967人  25.9%  3.87倍

  2018年  1525人  5238人  29.1%  3.43倍

  2019年  1502人  4466人  33.6%  2.97倍

 受験者数は毎年12~14%前後減り続けているが、合格者数は1500人台が維持されている。その結果、合格率は毎年3%以上上昇し続け、今年度は前年度比4.5%上昇し、3人に1人が合格する状態となっている。

2 司法試験は、「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験」(司法試験法第1条)であるから、その合否判定を行う司法試験委員会は、司法試験受験者に法曹として必要な学識及びその応用能力があるか否かを厳正に判断しなければならない。

 前記決定においても、司法試験合格者数の数値目標を年間1500人程度とする一方、その目標は「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものではないことに留意する必要がある」として、合格者の質の確保が合格者数1500人維持の前提となることを明らかにしている。

 しかるに、この4年間の司法試験受験者数と合格者数の推移は、合格者の質の確保より合格者数1500人維持を優先したと強く推認させるものである。

3 平成18年から14年連続で1500人以上の司法試験合格者を輩出した結果(この間の累積合格者数は2万6千人以上)、2004年に約2万人であった弁護士数は、2019年7月1日時点で約4万1千人となり、15年間で2倍以上に急増している。

 この間の弁護士激増により、各種統計によれば、弁護士の経済的基盤が悪化していることが指摘されている。一例を挙げると、弁護士白書が発表している弁護士の所得の中央値は、2006年には1200万円であったものが、2018年には650万円へと大幅に減少している。

 弁護士が職業である以上、弁護士がその仕事を営むことによって人並みの生活を維持していくことができなければ、弁護士の使命である「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を果たすことは困難である。

 弁護士の経済的基盤の悪化は、弁護士から公益活動や無償の人権擁護活動を行う余裕を奪い、さらには、弁護士間の過当競争や弁護士の活動の質の低下を招きかねず、利用者である市民に損失をもたらしかねない。

 法曹の大多数を占める弁護士の経済的基盤の悪化は、法曹の職業的魅力の低下に繋がりかねず、法曹を志望する有為な人材も減少している。昨年度から実施が見送られた法科大学院適性試験の受験者数は、2004年度のピーク時から比べて昨年度は9分の1にまで激減し、法科大学院の入学者数も2006年度から一貫して減少し続け、本年度は昨年度に比して増加したものの、その数はピーク時の3分の1以下の1862人となっている。このように、優れた人材の供給が減少し、そのために試験による選抜機能が十分に働かないことになれば、法曹の質の確保は困難である。この状況を放置すれば、わが国における司法の弱体化は免れない。

4 これらの懸念に目を瞑って司法試験合格者数1500人に固執すべき事情はなく、むしろその弊害が大きい。

 日本弁護士連合会のシミュレーションによれば、年間司法試験合格者数1500人を維持していった場合の弁護士人口は、2030年までに5万人を超え、2040年までに6万人を超えると予測されている。

 弁護士の活動領域拡大等の取組みの結果、企業内弁護士や国や自治体の弁護士需要等、活動領域は拡大している。また、小規模単位会や支部への登録を希望する弁護士数の減少、法テラスのスタッフ弁護士の不足、新規登録弁護士の就職難の解消傾向など、現時点で、必ずしも弁護士人口が過剰とは言えない側面が出てきている。

 しかし、他方で、社会の法的需要を一定程度反映していると見られる裁判所の新規受入事件数は2003年度以降減少傾向が続き、日本司法支援センターを含めた法律相談件数も2007年度をピークに横ばいから減少傾向にあり、既に人口減少社会に突入しているわが国において、今後、法的需要が弁護士の供給増を充たすほどに増加することを直ちに期待することは困難である。司法試験合格者数1500人の維持は、この需給バランスの崩壊を今後一層進めるおそれが強い。

5 上記状況の下において、今後も年間1500人の司法試験合格者数を輩出することは、質的側面、量的側面いずれからみても問題である。

 よって、当会は、政府に対し、司法試験合格者数を1500人程度輩出すべきとした法曹養成推進会議の決定に固執することなく、質の確保を図った適切な司法試験合格者数に減員することを求める。

2019年(令和元年)11月11日

愛知県弁護士会       

会長 鈴 木 典 行