1 はじめに

 愛知県弁護士会では、優れた人権擁護の活動を顕彰するため、愛知県弁護士会人権賞を定めています。人権賞は、愛知県において人権擁護のための優れた活動を行っている個人、団体を表彰し、その活動を広く社会に伝え、さらに前進することを応援する趣旨から設けられたもので、本年度で35回目となります。

 本年度の当会人権賞は、医師の早川純午さん(以下、「早川医師」といいます。)が受賞され、2024年2月13日に授賞式が行われましたので、受賞者と、その活動等についてご紹介いたします。

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2 選出理由の概要

(1)無料低額診療の提供 

 早川医師の所属する医療法人名南会(以下、「名南会」といいます。)においては、2011年に、無料低額診療を利用した医療サービスの提供を開始しました。無料低額診療とは、社会福祉法2条3項9号に基づき、生計困難者が、経済的な理由によって必要な診療を受ける機会を制限されることのないよう、無料または低額な料金で診療を行う事業のことをいいます。名南会では、無料低額診療を利用する多くは仮放免中の外国人の方であるところ、これらの方のほとんどは早川医師が繋がりを持つ支援団体等からの紹介がきっかけで同法人を利用しています。

 例えば、無保険の方がこの制度を利用して無料で診療を受けた場合、費用は全て医療機関の持ち出しになるなど、医療機関の財政的な負担は大変大きくなります。名南会においても、令和4年度の支出は約1000万円の負担となっています。無料低額診療の実施により固定資産税等の税制上の優遇措置が受けられる医療機関もあるなか、優遇措置を受けるために法律上様々な条件が存在する関係で、名南会では特に適用を受けられていません。

(2)早川医師の活動について

 早川医師は、ご自身もこのような無料低額診療に当たっておられることはさることながら、他の支援団体等と連携し、また炊き出しに参加するなどして、治療を必要とする外国人の方に受診の機会を広く提供しています。

 このように医師である早川医師ご自身が、自ら積極的に診療を必要とされている方にアウトリーチしておられる点に独自かつ重要な意義があると考えられることが、選出を決定させていただいた大きな要因です。

 早川医師がこのように仮放免中の外国人の方に対する医療の提供を積極的に行うようになったきっかけは、早川医師自身の経験にあります。2012年頃に、長崎県の入管施設から仮放免された外国人の方が名南病院を受診した際、その方が健康保険証を持っていなかったことから、対応について区役所と協議し、後日改めて来院するよう伝えたものの、その方は再受診されなかったそうです。その方がその後どうなったかわからず、早川医師は、「もっと積極的に手を差し伸べていれば」との思いを残しました。このときの後悔から、早川医師は、外国人の方への医療提供にも一層力を注ぐようになったそうです。

3 どんな方も平等に医療が受けられるように

 早川医師は、名南会において無料低額診療を導入する以前から、路上生活者等向けの炊き出しに参加して、無料で健康相談を行っています。このような早川医師の熱意に信頼を寄せて、多くの支援団体が、医療サービスを必要とする外国人の方を早川医師に紹介するに至っています。

 とりわけ仮放免中の外国人の方のほとんどは所持金が少なく、保険証も所持していません。日本において一定程度生活をしてきた外国人の方であっても、このような状況で、自ら無料低額診療や生活保護等の制度を理解し、これらを的確に利用するというのは至難の業であると考えられます。また、医療機関を訪ねても、保険証がないというだけで断られてしまうケースが相当数あることは想像に難くありません。

 仮放免中の外国人の方は、入管において十分な診療を受けられず、半ば放り出されるような形で釈放され、何らの公的支援も受けられず痛みや苦しみに耐えながら路頭に迷うしかないというのが実態です。

 早川医師は、このような方々にも医療サービスを平等に提供するべく、支援団体と連携して紹介を受け、無料低額診療を行っているところ、これはまさに人権救済活動そのものです。早川医師の活動には、単に医療サービスを提供するというだけでなく、医師自ら支援団体と連携し、積極的にアウトリーチをして困窮者に救済を広げているという点で、独自かつ重要な意義があるといえます。

4 おわりに

 現在の入管制度上、不法滞在により身体拘束を受けた外国人の方に心身の不調が生じた場合、仮放免により身体拘束から一時的に解放されても、前述のとおり所持金が少なくことがほとんどで、保険証の所持も許されていません。このような制度が継続する限り、一部の方々は運良く医療サービスの提供を受けられるに至るとしても、そこに至るまでに心身の状況が悪化したり、あるいは全く医療サービスを受けられず路頭に迷ったりする方が一定数発生し続けることになります。早川医師は、入管制度を改善すべく、ご自身が中心となって仮放免中の外国人の方の実態調査にも乗り出そうとしています。

 早川医師のように熱意のある方々の活動がなくとも、全ての方が平等に医療サービスを受けられる社会になるよう、一人一人が疑問の声を挙げていくことが重要であると考えます。