1 人権賞について

 愛知県弁護士会では、優れた人権擁護の活動を顕彰するため、愛知県弁護士会人権賞を定めています。人権賞は、愛知県において人権擁護のための優れた活動を行っている個人、団体を表彰し、その活動を広く社会に伝え、さらに前進することを応援する趣旨から設けられたもので、本年度で34回目となります。

 本年度の当会人権賞は、「国際子ども学校ELCC」(以下、「ELCC」といいます。)が受賞され、2023年2月14日に授賞式が行われました。そこで、ELCCの活動をご紹介いたします。

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2 ELCCについて

(1)概要

 ELCCは、在留資格がなく日本の学校教育を受けることが難しい在日フィリピン人の子どものための国内唯一の学校として、1998年4月に設立されました。

 当初は、尾張旭市の愛知聖ルカ教会がある愛知聖ルカセンターを拠点に活動を開始し、2018年以降は、名古屋聖ステパノ教会がある名古屋学生青年センターに活動拠点を移し、現在まで延べ約400名の卒業生が地域の公立小中学校へ転入学しました。

(2)設立の経緯

 ELCCの代表は、日本聖公会中部教区・名古屋学生青年センターの総主事である池住圭さんです。

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 池住さんは、フィリピンに約2年間居住した後、1985年頃から名古屋市近郊在住のフィリピン人の相談や支援への取組みを開始しました。その一環として、名古屋の繁華街で働くフィリピン人女性の相談を受けているとき、池住さんは、栄地区(名古屋市中区)の池田公園で深夜に遊んでいる多くのフィリピンにルーツを持つ子どもたちと出会いました。フィリピンにルーツのある在留資格のない子どもが学校教育を受けられないことに強い疑問と危機感を抱いた池住さんは、フィリピンにルーツのある在留資格のない子どもが安心できる居場所や地域の小中学校への就学準備を行う場を設けるため、ELCCを設立されました。

3 ELCCの活動内容

(1)教育による規律と家族への支援

 愛知聖ルカセンターで活動を開始した当初、子どもたちは教室内を走り回ってばかりだったそうです。しかし、勉強することの大切さや楽しさに触れるにつれ、子どもたちは、着席し、落ち着いて授業を受けるようになっていきました。

 また、欲しいものを尋ねられた子どもたちは、IDやユニフォームを希望しました。在留資格を持たない子どもたちは、制度上その存在を証明する方法がなく、名札や制服等を着用することもなかったからです。そこで、ELCCでは、学校名が入った夏用の白いTシャツと冬用の赤いトレーナーを用意し、学校のユニフォームとしました。すると、子どもたちに学校への帰属意識や愛着が芽生え、就学する安心感や喜びをもって生活を送るようになっていきました。

 子どもの就学は親にも落ち着きを与え、子どもの将来についてじっくり考える心のゆとりを生みました。ELCCは、フィリピンにルーツのある在留資格のない子どもとその家族に対し、教育による規律と心の平穏に加え、未来を創造するゆとりをもたらしています。

(2)現在の活動

 名古屋学生青年センターへの移転後、ELCCでは、日本の学校と同じような時間割やチャイムを使用し、毎週月曜日から金曜日まで、フィリピン語、英語、日本語、算数、理科、社会、音楽、体育、家庭科、図工等を教えています。教師は、ボランティアの他にフィリピン人教師2名が在籍し、タガログ語、英語、日本語が飛び交っています。

 人権賞小委員会のメンバーがELCCの授業を見学した際に、生徒に学校生活について尋ねたところ、子どもたちは笑顔で「楽しい」と話してくれました。

(3)日本の伝統文化・学校行事の体験

 また、ELCCは、フィリピン人としてのアイデンティティの確立と日本の文化や学校生活に対する理解を両立するため、日本の季節行事や修学旅行などの学校行事の体験にも取り組んでおり、この取組みは、子どもたちが地域の小中学校へスムーズに転入学することにもつながっています。春には卒業式や鯉のぼり、夏には七夕飾り、秋には芋掘りや遠足、そして冬にはクリスマスパーティーなどが行われています。

 このほかにも、近隣の大学の看護部やクリニックの協力を得て、健康診断や歯科検診、インフルエンザの予防接種も毎年行っています。これらの活動内容は、ELCCを支援する会が発行する「クムスタ・カ...」において紹介されます。

4 おわりに

 ELCC代表の池住さんは、昨今の国際化社会を踏まえ、多民族多文化共生社会を創造すべきと考えています。在留資格のない子どもは社会的保障を受けられず、自分の存在を証明することさえできませんし、そのことが、自分を大切な存在と思えず、ときには貧困・生活苦から犯罪に巻き込まれかねない環境を作り出す一因となっています。この問題を解決するためには、在留資格がない子どもたちにも公教育の機会を提供し、自分の存在を肯定的に捉えて地域社会への帰属意識の醸成を促すとともに、地域社会の側も、他民族他文化の人々を自分たちの社会の一員として受け入れることが必要です。

 ELCCは、日本初の試みとして、フィリピンにルーツがある在留資格を持たない子どもたちに対し、安心、安全そして教育という多角的な視点から、日本の公教育制度のはざまにおける唯一無二の活動を続けています。ELCCの取組みは、フィリピンにルーツのある在留資格のない子どもに特化していますが、在留資格のない子どもたち全般に対する支援の先駆け・先進的な取組例として、その存在・取組みの意義はますます大きくなっていくことでしょう。

 ELCCの設立から約13年が過ぎた2011年12月、政府は、「我が国の公立の義務教育諸学校においては、在留資格の有無を問わず、就学を希望する外国人児童生徒を日本人児童と同様に無償で受け入れることとしている。」との国会答弁を行っています。もっとも、制度上の手当てのみで、在留資格を持たない子どもたちをめぐる社会問題がすべて解決するものではありません。ELCCは、在留資格を持たない子どもたちと、日本の公教育や地域社会とを橋渡しする存在として、これまで、大きな社会的意義を果たされてきました。これからも、ELCCが、地域社会におけるよりよい多民族多文化共生社会の実現に向けて、活動を拡大・深化されることを願っています。