愛知県弁護士会では、優れた人権擁護の活動を顕彰するため、愛知県弁護士会人権賞を定めています。人権賞は、この地方の人権の分野で優れた活動をした個人、団体を表彰し、その活動を広く社会に広め、さらに前進することを応援する趣旨から設けられたもので、本年度で32回目となります。

 2月16日に、本年度の当会人権賞授賞式が行われましたので、受賞者と、その活動や実績等についてご紹介させていただきます。

1 はじめに

 本年度の当会人権賞は、カトリック五反城教会の主任司祭である大海明敏さんが受賞され、2月16日に授賞式が行われました。

 大海さんは、「ボート・ピープル」として来日以後、長年、在日ベトナム人の方々を様々に支援してこられました。大海さんの活動は人権賞にふさわしいものでありますので、以下にご紹介させていただきます。

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(写真中央が大海明敏さん)

2 故郷から遠く離れて

 大海さんは、1964年にベトナムのサイゴンで生まれました。約14年間に渡りベトナムの沃土を荒廃させたベトナム戦争は、1975年に終結したものの、大海さんの両親は降伏した南ベトナム政府の関係者でした。戦後の政治的迫害ゆえに、大海さんは十分な教育を受けることができず、将来の生活の見通しも失われました。大海さんは高校卒業後の1983年、木造の貨物船に乗って、「ボート・ピープル」として故郷を離れ、インドネシアの難民キャンプを経由し、1984年、日本へたどり着きました。

 大海さんは来日後、大阪の難民センターで過ごし、東大阪市のプラスチック工場にて就労しましたが、会社の寮は布団も用意されていないような厳しい環境でした。

 その後、大海さんは大阪の照明器具製造会社に転職し、社長の理解にも恵まれ、コンピューターの専門学校へ通うことができました。

 そして、故郷を離れる以前から志していた司祭になるため、1989年、南山大学神学部に進学しました。10年間学んだ後、神戸や大阪のカトリック教会に司祭として赴任し、2017年4月から、名古屋市中村区のカトリック五反城教会にて主任司祭を務めています。

3 在日ベトナム人支援に奔走して

 大海さんは、2001年に神戸市の鷹取教会に赴任後、同教会を拠点に支援団体「ベトナムin Kobe」を立ち上げ、地域の日本人とベトナム人の交流会を開催したり、高齢で日本語が十分でないベトナム難民と日本で生まれ育ってベトナム語が十分でない在日ベトナム人との意思疎通を助けたり、在日ベトナム人の若者を夜間中学へつなぐなどの活動に取り組みました。日本社会になじめず犯罪に走ったベトナム人受刑者の面会のために刑務所を訪問する活動も開始しました。

 2004年に大阪の門真教会へ移られてからは、ベトナム難民の方々と「ベトナム家族会」を結成して、受刑し、在留資格を失い、退去強制されようとしているベトナム難民の在留資格取得を支援する活動も始めました。

4 留学生、技能実習生の支えとして

 大海さんは、現在の五反城教会に赴任後は、ベトナム語でのミサを開催してきました。ミサの後、日本語の堪能なベトナム人留学生らの手を借りて、アルバイトや仕事のため十分に日本語学習の時間を取れない留学生や技能実習生に、日本語を教えてきました。また、留学生や技能実習生が日本社会に溶け込めるよう、ゴミの出し方から生活指導を行ったり、教会を訪れる日本人高齢者との交流の機会を設けたりしてきました。

 また、大海さんは、平日も早朝から深夜まで、在日ベトナム人同胞から様々な悩みごとについて相談を受けています。労働問題や国際結婚等の相談を受けることも多いのですが、弁護士等の専門職につなぐ等、彼らが問題を解決する道筋を見つけることができるよう、支援を続けています。2018年には、技能実習生らが、賃金の未払や保険証・パスポートの取上げ被害に遭う事件がおきましたが、労働基準監督署の尽力もあり、救済がはかられました。そのときも、大海さんは、彼らを側面から支援しました。

 大海さんのベトナム語でのミサには、毎週、400人近いベトナム人の方々が、愛知県だけでなく岐阜県、三重県、静岡県などから遠路はるばる訪れています。大海さんは、ミサには、キリスト教徒ではないベトナム人も受け入れています。これは、故郷を遠く離れて不安を抱えて暮らす在日ベトナム人に、ひと時の祈りの時間をもつことを通じて、心の平穏を保ってもらいたいとの大海さんの思いゆえのものです。また、ミサに集まることで、ベトナム人同士で友だちを作ったり、生活・仕事の相談をしたりすることもできます。

 年若い在日ベトナム人の方々は、会社の寮に住む中、話し相手がいないことも多いとのことです。大海さんは、教会では安心して祈りの時間をもってほしい、祈ることで自分の心を開き、若者にふさわしく自分の人生の道を探し求めてほしいと考えています。

 そのほか、大海さんは、入管や刑務所へ赴き、ベトナム人の収容者や受刑者と面会する活動も続けています。

5 「労働力」ではなく「人」として

 現在、日本には約42万人のベトナム人の方々が在留されています。愛知県には約4万人が暮らしており、全国で最多です。劣悪な環境、低賃金に苦しんできた技能実習生たちは、このコロナ禍の中で、仕事や住居を失い、帰国もできず、故郷から遠く離れたこの地でよりいっそう困窮を深めています。人生への希望を抱いて来日した留学生の多くも、留学生ビジネスやアルバイト労働により使い捨てられている現実があります。

 その中、大海さんは、「祈り」という、よりよい生を切実に願い求める場の門戸を広く開き、そこに集うベトナム人の若者らの声に耳を傾けて、彼ら彼女らを支え続けてきました。これは、「労働力」ではなく「人」であることの尊厳――人権――を支え守る取組みに他なりません。

 かつてひとりの難民であった大海さんが、来日後30余年をかけてこのような取組みを続けてこられたことは、日本社会の希望であるとともに、この国の外国人・移民政策の問題の深さを照らし出すものでもあります。