人権擁護委員会 人権賞小委員会 

委員 福 島 宏 美

1 はじめに

 本年度の愛知県弁護士会人権賞は,貧困家庭などの子ども達の学習支援や生活支援を目的とする「一般社団法人アンビシャス・ネットワーク」が受賞され,2月6日に愛知県弁護士会館において授賞式が行われました。

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人権賞授与式にて池田会長(右)より記念の楯を受け取る田中久さん(左)

 代表者の田中久さんは,教育と福祉の融合を目指し,貧困に苦しむ子ども達の学習支援や生活支援を通じて,子ども達の未来を支える活動をされています。

 田中さんをはじめとする一般社団法人アンビシャス・ネットワークの活動と実績は人権賞に相応しいものでありますので,その活動や実績についてご紹介させて頂きます。

2 活動のきっかけ

 代表者の田中さんは,平成5年1月24日に三重県で生まれました。田中さんは,小学校3年生のとき,仲の良かった友人が自閉症を患っているために,田中さん達クラスメイトと一緒に授業を受けられないことに違和感を抱きました。そこで,田中さんは,「教育」と「福祉」をつなぐ教員になる夢を抱き勉学に励まれました。

 平成23年4月,田中さんは,日本福祉大学社会福祉学部に入学し,子どもの貧困問題について学び,教育現場におけるいじめや不登校の問題の背景に「家庭の貧困問題」が大きく関わっていることを学びました。また,親が貧困に苦しむ姿を見て,子どもが進学をあきらめ,就職したものの収入が少ないために貧困が解決しないという「負の連鎖」の傾向があることを知りました。

 こうした中で,田中さんは「義務教育の中で零れ落ちた子ども達を救いたい」との思いを抱くようになりました。

3 支援団体の立ち上げ

 田中さんは,平成24年1月,学習支援を通じて貧困に苦しむ子ども達のサポートをする学生サークルを初期の活動から関わり,その後大学卒業を機に,一般社団法人アンビシャス・ネットワークを設立しました。現在,田中さんが代表者となり,母子家庭や生活保護を受けている家庭の子ども達の学習支援や生活支援を中心に,子ども達の居場所を提供する活動が行われています。

4 一般社団法人アンビシャス・ネットワークの紹介

⑴  組織の概要

 田中さんが代表を務める一般社団法人アンビシャス・ネットワークは,田中さんのほかに,理事として日本福祉大学の山田壮志郎准教授,犬飼公一医師,監事として榊原尚之弁護士,特定非営利活動法人もりもり後見センター代表・石井容子さんが関わっております。

 実際の支援活動は日本福祉大学の学生を中心としたスタッフが総勢約60名います。 

⑵  活動理念

 一般社団法人アンビシャス・ネットワークの活動理念は,子どもの貧困やその連鎖などの社会問題の中で「生きづらさ」を抱える子ども達が,自分らしく日々の生活を営めるように,個々に寄り添いながら,学習支援や生活支援等を行い,誰もが地域で共に生きられ,居場所をもてるような社会づくりを目指すものです。

⑶  活動内容

 一般社団法人アンビシャス・ネットワークの活動は,大きく二つに分けられます。

 一つは,学習支援活動です。これは,田中さんたちが起ち上げたサークルが最初に始めた活動で,平成24年1月に始められました。具体的には,生活保護家庭やひとり親家庭の中学生を対象に,無料の学習支援を行うというものです。この取り組みが評価され,平成28年7月からは,半田市の委託事業としても支援活動を行っています。利用者数は,累計239名にものぼります。

 学習支援活動は,中学校の放課後の時間帯に,学生スタッフが待機し,やってきた中学生に個別指導をしています。週に2回開かれ,参加者とほぼ同数の学生スタッフがマンツーマンで指導しています。

 また,発達障害を抱える子どもや不登校の子ども,立地が悪く拠点型の学習支援を受けられない子ども達には,子ども達の自宅や公共施設など子ども達の実情に合わせた場所で学習支援を行っています。

 学習支援活動といっても,単なる子どもの学力向上に重きを置くのではなく,子ども達一人ひとりと向き合い,各自の生活環境の問題点を解決するための一手段として学習支援活動を行っているところに,学習塾とは異なる魅力があります。

 その他の活動として,居場所(テラハ)支援を行っています。これは,田中さん達スタッフが,学習支援を行ううちに,学習に興味が向かない子ども達や,学習以前の問題でご飯を十分に食べられない子ども達に何かしてあげられないかと考えたことがきっかけとなって始められました。

 平成28年11月から,11歳(小学校5年生)から18歳の子ども達を対象に,「TRH(テラハ)」という名前で,子ども達に自由に過ごしてもらえる居場所づくりを始めました。

 居場所(テラハ)支援の活動は,週に2回,地域の交流サロン・なるなるの家を利用して行われています。そこで,子ども達にお寺や地域の農家などから分けてもらったうどんや野菜などの食事を提供したり,遊びや生活相談に乗るなど,様々な事情を抱える子ども達の実情に応じたサポートをしています。

 ほかにも,不登校の子ども達を対象に,特定非営利活動法人子どもたちの生きる力をのばすネットワークと協力して,毎週木曜日の午後に,半田市の文化施設(アイプラザ半田)で居場所支援の取り組みも行っています。

 また,代表者の田中さんは,子どもの貧困の現状や,学習支援等の取り組みについて,日本福祉大学で講演活動を行っています。

5 活動の成果

⑴  貧困家庭の中には,学習塾に通えず,学校での勉強以外に学習支援を受けられず,進学を諦める子どもがいます。

 田中さん達は,そういった子ども達への学習支援を無料で行うだけでなく,対話を重ねることで,進学することへの不安を取り除くなどの支援も行ない,見事,志望校に合格する子どもがでています。

⑵  居場所(テラハ)支援が生活の立て直しに役だった子どももいます。

 例えば,両親が共働きで授業や部活動を終えて帰宅しても両親が不在で,自身の食事や身の回りの片付けなどは自分でしなければならず,学習や自分のための時間が満足にとることができない生活を送っているような子どもに対して,授業や部活動後にテラハにおいて食事や宿題を行い,その後に帰宅するという支援を行うことにより,これまで食事作りや片付けのために使っていた時間を自分のために使えるようになり,心にゆとりがもてるようになったそうです。

6 今後の活動について

 田中さんをはじめとした一般社団法人アンビシャス・ネットワークの献身的な活動により,地域での信頼が生まれ,学習支援,居場所支援の活動範囲は徐々に増えてきています。行政からの委託事業は,半田市だけでなく,他の行政からも依頼を受けている状況です。

 田中さんは,今後のビジョンとして「0歳から100歳まで包括的に支援し,子ども達が安心して成長していける支援を行う」ことを掲げ,貧困家庭で育ち,成人して自立したものの,親の介護のために仕事を辞めなければならず再び貧困に陥るという「貧困の再燃」の問題に目を向け,そのための支援活動を一般社団法人アンビシャス・ネットワークとしても行っていきたいと抱負を述べています。

7 最後に

 子どもの貧困率は,平成2年頃からおおむね上昇傾向にあり,大人一人で子どもを養育している家庭の貧困率が比較的高い傾向にある現代において,貧困家庭の子ども達に対する支援は,社会的にも重要な課題となっています。

 こうした中で,一般社団法人アンビシャス・ネットワークは,子ども達のあらゆる可能性を秘めた未来を守るために,貧困家庭の子ども達の問題について,様々な角度から取り組んでおられます。その取り組みは,決して形式的なものではなく,子ども達一人ひとりの実情に柔軟に対応しながら,子ども達と心を通わせながら行われており,その誠実な取り組みは,多くの子ども達の心の支えとなっています。

 このような活動を行われている一般社団法人アンビシャス・ネットワークは,「見返りや名声を求めることなく,人のために地道で献身的な活動」をされている方へのスポットライトを当てるという人権賞の理念にふさわしい団体です。

 一般社団法人アンビシャス・ネットワークには,今回の受賞を機に,貧困家庭の子ども達のために,更に充実した支援を期待しています。