今年は子どもの権利条約批准から30周年です。子どもの権利条約は、それまで保護の客体として扱われていた子どもを「権利の主体としての人」とみる、子ども観の転換を求めるとともに、差別の禁止、子どもの最善の利益、生きる権利・育つ権利、意見を聴かれる権利の4つの一般原則を指針としながら、子どもの権利の実現を求めるものです。
日本政府は、本来であれば、条約の内容を推進するために子どもの権利の包括的な基本法を定め、子どもの権利を学校現場をはじめとした社会に浸透させていく責務を負っていました。しかし、政府は、批准直後に通知(平成6年5月20日付文部事務次官通知)で「本条約の発効により、教育関係について特に法令等の改正の必要はない」などとして、その後も子どもの権利の包括的な基本法を定めず、国連子どもの権利委員会から改善するよう繰り返し勧告を受けていました。
2023年(令和5年)4月、ようやく、こども施策に関する基本理念を定めたこども基本法が施行され、また同年末には政府の施策の基本方針を定めたこども大綱が決定されました。これにより、条約の趣旨に沿った社会実現への一歩を踏み出しました。
しかしながら、現在でも、子どもの自殺、児童虐待、いじめ、不登校などの問題は増加しており、生きる権利、安心できる環境で過ごす権利や教育を受ける権利を奪われた状況に置かれた子どもたちがいます。家庭でも学校でも現実に子どもたちの権利が保障されている社会状況であるとは到底言うことはできません。
私たちおとなは、子どもを未熟な存在としてではなく、おとなと同じ対等な価値を持つ一人の人間として尊重しなければなりません。そのために、子どもにかかわることについては、子どもの権利を意識し、子どもの権利を基盤にして子どもたちのことを考える必要があります。また、こども基本法によって、こども施策に関しこどもの意見を聴くこととされましたが、このためには、子どもが自由に意見を表明し、その意見を聴かれる権利を保障する文化、制度を社会に根付かせることが必要です。特に子どもたちに与える影響が大きい学校生活においては、そのための環境整備が不可欠です。不登校についても、不登校自体を問題視せず、個別的に支援する方針が打ち出されるようになりましたが、いじめ、地域、家庭等における虐待など様々な子どもの権利侵害が背景に存在することに注意を払う必要があります。
子どもの権利を保障するためには、その義務を負うおとなが子どもの権利を学び、理解しなければなりません。国連子どもの権利委員会の一般的意見で指摘され、日本の報告書審査でも勧告されているように、議員・裁判官・公務員・教員・保育士など子どもに関わる職業にある者に対する体系的で反復した研修体制が求められます。子どもの権利を基盤とする社会にしていくことで、真に持続可能な社会を築くことができるという意識を持つことが大切です。そして、子どもに関わる制度が子どもの権利保障のために機能しているかどうかを監督したり、権利侵害された場合に救済するための国の子どもコミッショナーや自治体の相談救済機関の設置が必要です。
以上のとおり、政府や自治体、子どもに関わるすべてのおとなが、子どもの権利条約の内容を推進し、子どもの権利が尊重される社会とするために、子どもに関わる職業にある者などへの研修体制の確立、そして国の子どもコミッショナーや自治体の相談救済機関の設置などあらゆる手段を講じることを強く求めます。
当会も子どもの権利の普及啓発や子どもの人権相談、いじめ予防出張授業、家事事件における子どもの手続代理人、少年事件における付添人などの活動を通じて、子どもの権利条約の内容を推進し、子どもの権利が保障される社会の実現に向けて尽力していきます。
2024年(令和6年)9月25日
愛知県弁護士会
会長 伊 藤 倫 文