会報「SOPHIA」 平成18年5月号より

【特集】どうなってるの?国選報酬
無罪の場合の国選弁護報酬について


会報編集委員会 委員 湯 原 裕 子

1 無罪の場合、国選報酬に差異はある?

 調査した範囲内では、「無罪判決となった場合でも、国選報酬に差異はない」という結論にならざるをえないようです。
 「基礎報酬+日当加算」形式は、無罪事件でも貫かれており、敢えて特徴として言えるのは、無罪を争う事件だけに、謄写料が認められやすいこと、証拠調べ等のため期日が多数回行われる結果、総支給額が通常事件より多くなるということでしょう。
 もちろん、刑事弁護は結果だけで評価されるものではなく、たまたま「無罪」という結果が出たからといって、特別扱いする理由はないのかもしれません。
 しかし、国家権力を有する検察側と対峙し、「事実上、弁護側が無罪を立証できない限り、原則有罪」という困難な現状のもとで、それぞれの弁護人が、この「無罪の立証」のために創意工夫を凝らしています。そしてその末に無罪判決を勝ち取り、冤罪から被告人を守ったことへの評価は、国選弁護という制度においては、必要ないものなのでしょうか。


2 無罪事件の負担

 無罪を争う事件では、弁護人は「何故やってもいないのに罪に問われなければならないのか」という被告人の苦悩に直面しなければなりません。
 まだ被告人にも被疑者と疑われても仕方のない事情があるような場合には「あなたにも落ち度がある」と言えますが、そうでない時などは、弁護人は被告人やその家族の怒りと苦しみをまともに共有しなければならなくなり、接見もしばしば辛い時間となります。
 また、被告人が無罪であると信じるがゆえに、弁護人は「弁護に失敗して、無辜の被告人を有罪にすることがあってはならない」というプレッシャーに常に晒されることになります。
 そして、無罪を立証するため、事件の関係現場に行ったり関係者と会ったりといった活動も、通常の弁護活動時より多数回になります。
 例えばこの点、昨年名古屋高裁で強盗殺人未遂等事件の一部無罪判決を獲得された川口創会員の場合、公判12回開廷(約26時間)以外に、調査活動や書面作成のために少なくとも223時間(!)を費やされたとのことですが、日当以外の報酬は188,160円に止まっています(時給換算すれば約840円です)。
 このように、法廷外の調査活動はなかなか報酬に反映されません。弁護人としては、事件に時間や費用を割きたくても、それに対する補償はないため、結局自腹を切ってでもやるしかない、ということになってしまいます。


3 無罪費用補償

 この点、刑訴法188条の2には「無罪の判決が確定したときは、国は、当該事件の被告人であつた者に対し、その裁判に要した費用の補償をする。」とされています。
 そして同条の6は「補償される費用の範囲は・・・弁護人であつた者が公判準備及び公判期日に出頭するに要した旅費、日当及び宿泊料並びに弁護人であつた者に対する報酬に限るものとし、その額に関しては、刑事訴訟費用に関する法律の規定・・・を準用する」と定めています。
 そして、刑事訴訟費用等に関する法律8条2項は「弁護人に支給すべき報酬の額は、裁判所が相当と定めるところによる」と定めています。
 私選弁護で無罪の場合は、この請求をすることができますが、国選の場合、被告人が弁護人に支払うべき費用がないということでこの請求が全くできないのか、国選報酬で賄うことのできない費用が生じた場合にこの請求ができるかは不明です。
 私選の場合、平成14年に名古屋地裁で住居侵入・窃盗事件で無罪となった藤井成俊会員の担当された事件(公判21開廷・公判所要時間約38時間)の費用補償請求において、裁判所は特に根拠を示さず報酬額を65万円とし、日当はほぼ裁判所基準に従ったものとしました。
 なお、私事ながら、私と金岡繁裕会員が担当し、平成16年に大阪高裁で逆転無罪となった放火・殺人未遂事件(公判7回開廷・約10時間)の費用補償の決定において、大阪高裁は、報酬を「刑訴費用法8条2項によって斟酌するのが相当と認められる大阪高裁の国選弁護人に対する報酬の支給基準を基にして、前述の諸事情を考慮すると、当審の公判回数に基づくその基準報酬額に5割増しをして、これに消費税を加えた分・・・を支給するのが相当」と明示し、約25万円としました。
 とすると、この「基準の5割増し」が「無罪分」というところでしょうか。
 なお、この事件では、私的鑑定の費用等も請求したのですが、「公判準備のための必要経費に過ぎない」「裁判所が必要性を認めて、証拠提出や立証準備を促したものでもない」として無視されました(涙)。


4 刑事補償

 なお、無罪判決の場合、被告人は刑事補償請求ができます。
 刑事補償は、無罪の罪による身柄拘束の補償として被告人に支給されるもので、1日1000〜最高12,500円の間で裁判所が支給の有無、金額を決定するものです。
 これは、被告人の身柄拘束の不利益自体に対して補償されるものですから、国選弁護人でも被告人の代理人として請求することができます。
 但し、被告人が保釈されている場合や、一部無罪のように、他に身柄拘束するような事情がある場合には支給されません。


5 最後に

 無罪判決を勝ち得た事件も、無罪を争いながらも残念ながら結果が出せなかった事件についても、総じていえることですが、弁護人は、無罪を主張し、かつ弁護人自身も「この人は無実なのではないか」と思える被告人のためには、精一杯の弁護活動をしたいと思って活動するものです。
 しかし、被告人の無罪を立証しようとして弁護人が奮闘し、様々な調査活動をしたとしてもその費用が補償される当てもなく、弁護人が個人的に負担しなければならない現状のもとでは、弁護人に費用や時間の点で余裕がなければ、弁護活動が制約されてしまいます。
 国家機関である検察と、一私人に過ぎない被告人・弁護人の間に経済的な力の差があることは明らかなのですから、国選弁護において十分な費用補償をするのは国の責務ではないのでしょうか。
 そして、無罪判決により無罪が証明された場合は尚更で、前述のように無罪の場合に刑訴法188条の2等が定められていることからしても、もっと積極的に評価されるべきではないでしょうか。
 裁判所には、法廷外の弁護活動について、弁護に必要と認められる活動をもっと柔軟かつ積極的に評価して頂きたいですし、どのような裏付けがあれば支出費用を相当と認めるかの基準を明らかにして頂きたいと思います。

 

愛知県弁護士会会報「SOPHIA」 平成18年5月号

【特集】どうなってるの?国選報酬   
  国選弁護報酬問題を特集するにあたって
  ある国選無罪事件の報酬例(豊川幼児殺人事件)
  無罪の場合の国選弁護報酬について
  国選弁護報酬について 〜元検察官からみて思うこと〜






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