会報「SOPHIA」 平成21年5月号より

改正刑訴法・裁判員法講座(49)

最高裁「模擬裁判の成果と課題」について(2)
〜「審理の在り方」T〜




裁判員制度実施本部 委員
舟橋 直昭

  先月号に引き続き、最高裁から本年2月に出た「模擬裁判の成果と課題」(以下「成果と課題」という、判例タイムズ1287号3頁以下)について、私見をまじえた上で、拡大研究会の報告をさせて頂く。
3 審理の在り方

(1) 裁判員に事案・審理の内容を的確に把握してもらうための方策等
 ア 審理に先立つ裁判員に対する争点等の説明の適否
 成果と課題は、事件の争点等についても裁判官が開廷前の打合せなどであらかじめ裁判員に説明することも考えられるが、開廷前においては、事案に応じて起訴状の記載の意味等を説明するにとどめ、上記の各手続の中で、当事者が中心となり、事件の争点や証拠関係を明らかにしていくのが相当という意見が多数と述べる。
 事件の争点等は当事者が冒頭陳述で説明すべきものであり、直接主義・公判中心主義の原則から多数意見が妥当である。
 イ 裁判員のメモの在り方
 成果と課題は、「裁判員に対しては、『メモを取らなくても分かるような審理が行われるし、覚え切れなくても録音録画したものを評議のときに確認できるので、審理に際してはなるべく目の前の証拠調べに集中していただきたい』などと促すことが相当であろう」と述べる。
 このこと自体は妥当であるが、模擬裁判の経験からいうと、裁判員は気づいた事項や疑問点などをメモにとることは多い。自らの意見形成のためにもメモは必要であるし、当事者側にも、メモにとどめてもらうメリットはあることから、メモをとることを前提とした対策も必要と思われる。かかる観点から、例えば、冒頭陳述において、事案を端的に説明するキーワードを繰り返し用いたり、メモ欄を意識したペーパーを配布するといった工夫も有益と考える。
 ウ 裁判員への書面の配布
 成果と課題は、主張書面の配布について、A4用紙1ないし2枚程度に主張内容を箇条書きに記載した資料を配布するという取扱いが有益な方法と思われる、と述べる。
 もとより人の記憶力には限界があることから、評議室において、弁護側に賛同する意見の根拠を明確に述べてもらうためにも、かかるぺーパーを配布することは有意なことと思われる。この論点については、自由と正義2009年5月号70頁以下の神山・河津論稿を参照されたい。
 次に、成果と課題は、書証の配布については、公判中心主義の観点から問題があると述べ、「基本的に、簡にして要を得た書証を作成するとともに、書証の朗読等に際して適切な間を設けるなど、聞かせる工夫をすることによって解消すべき」と述べる。
 しかし、「簡にして要を得た書証」といっても、結局は伝聞証拠であり、とりわけ、かかる美名の下に自白調書が生き延びれば、従来の調書裁判に堕するおそれのあることは前号で指摘したとおりである。


(2) 当事者による主張の追加・変更をめぐる問題
 ア 冒頭陳述段階
 成果と課題は、「冒頭陳述において、当事者から公判前整理手続に現れていなかった事実が主張された場合は、その内容にもよるが、公判前整理手続における争点の整理の目的に反し、審理計画に影響を与える相当でない陳述として、訴訟指揮によりこれを制限することも考慮されよう(刑訴法295条1項本文)」と述べるが、問題がある。
 公判前整理手続において、被告人側が予定主張として明示すべきは、争点整理と審理計画策定に必要な事実(阻却事由、重要な間接事実など)であり、経過的事実、上記の関連事項などは、ストーリーの一部として冒頭陳述では述べられることがある。すなわち、予定主張≦冒頭陳述であるとともに、法は、公判前整理手続で明示していない主張について、公判で行うことが制限されるとする規定を置いていないことから、当事者の主張を制限するというのは疑問である。そもそも、立証責任を全て負っている検察官は、弁護側から出される主張を全て想定した上で立証計画を立て、証拠の厳選をしているはずであり、弁護側の冒頭陳述の結果新たな証拠が必要となるという意見が出ることを容易に許してよいのか、という疑問を感ずる。仮に、新たな主張がなされた結果、検察官から新たな証拠調べを要するという意見が述べられ、その必要性の有無を判断しなければならなくなったとしたら、期日間整理手続にて対応する他はないのではないか(別の裁判員の選任が必要となるが、止むを得ない)。
 イ 訴因変更の要否
 成果と課題は、個別の判断と断った上であるが、「@公判前整理手続で提出された検察官の主張と証拠の間に明らかな不合理が存在しているのに、その点についての求釈明に検察官が応じないなど、公判前整理手続の段階から訴因変更が予測される事態が生じていたか、A訴因変更請求の時期、B弁護側において必要となる新たな証拠調べの内容・程度、C事案の軽重等を考慮し、当該訴因変更請求について、刑訴規則1条に反し、権利の濫用としてこれを許さないとする場合も考えられよう」と述べる。
 防御方針は明示された訴因に対して組み立てられるものであり、争点や証拠の整理が行われた後の訴因変更は、防御の利益を害することが多いことから、このこと自体は歓迎すべきである。しかし、刑訴法312条の訴因変更の規定について、立法的な手当ないし見直しが検討されるべきではないかと考えられる。
 ウ 被告人質問段階
 成果と課題は、「被告人が事件と全く関連性のない事項について言及するような場合は、被告人質問については立証趣旨という観念がなく、同項によって制限できる場合は極めて少ないと思われる」と述べる。
 この点も止むを得ないことであり、場合によっては期日間整理手続に付す対応も考えられる。


(3) 冒頭陳述の在り方
 成果と課題は、「冒頭陳述も簡にして要を得たものでなければならない。検察官・弁護人は、主張のポイントを裁判員に的確に理解してもらうことを念頭に、公判前整理手続で整理された内容に則り、相手方の言い分や判断の分岐点等を意識して、双方で噛み合った冒頭陳述を行うことが肝要」、「事案の概要を簡潔に紹介した後、争点について主張を展開することが有益」と述べる。
 争点を説明した後、証拠調べのポイント(この証人のどんな証言に着目してもらいたいか等)を簡潔に述べることは必要であろう。しかし、「噛み合った冒頭陳述」が、裁判員に対し、弁護人・検察官の設定した争点以外の事実関係を一切考慮してはならないとの趣旨であれば問題である。更に、検察官の主張に弁護側が逐一対応して各主張の整理を行うことにより、弁護側が検察官の設定した土俵に乗る危険性は前号で指摘したとおりである。


(4) 争いのない事実についての証拠調べの在り方
 成果と課題は、「合意書面の活用も考えられるものの、必ずしもそれにこだわる必要はなく、裁判員への分かりやすさの観点から、統合捜査報告書の活用など、適宜の方法を工夫すればよいであろう」と述べる。
 統合捜査報告書は1次証拠の段階で争いのない事案であれば有用な場合もあろうが、所詮、伝聞証拠である。場合によっては、争いのない事案でも人証によることがインパクトがあり、適切な場合もあろう。


(5) 成果と課題は、@どのような取調方法によれば、当該書証の実質的な内容を全て公判廷に顕出できるかという観点を重視すべき、A供述調書については、全文朗読又は限りなくこれに近い要旨の告知(供述調書の全文を一言一句読み上げることまでは要しないといった程度の要旨の告知)の方法、B写真撮影報告書等や検証調書等の客観的な書証については、要旨の告知の方法によっても、その実質的な内容を公判廷に顕出することは可能、と各述べる。
 @については妥当であるが、Aについて人の話を人を介して聞くのはやはり理解しづらいし、退屈である。本当は何があったかを知るため、人は、供述人の生の供述にこそ集中するものであるから、あくまで、人証を基本とすべきである。Bについて、要旨の告知を許容できるとする点は疑問であり、証拠の取調べにあたって省略して差し支えないような「不必要な記載」はそもそも証拠自体から削除するなり、部分的に不採用とすべきと考えられる。


(6) 人証の取調べ方法
 成果と課題は、@法廷での証人尋問がそのまま裁判員の心証形成に資するものとすべく、いかなる事項について尋問されるのか、事前に裁判員に理解されている必要があるし、尋問自体、立証すべき事項に即した簡にして要を得たものであることが必要、A検察官の尋問がポイントを絞った端的なものであった場合、弁護人の反対尋問も、通常であれば、これに応じて、争点に即したものとなるであろう。なお、裁判員に適切に心証を形成してもらうためには、弁護人の反対尋問についても、検察官の尋問(冒頭陳述を立証するための尋問)と同様なことが言えるだろう、と述べる。
 @は主尋問についてはそのとおりである。しかし、@Aを通じて、主尋問=立証、反対尋問=弾劾という、それぞれの尋問の性質の違いが理解されていないと思われる。反対尋問においては、主尋問に現れた証言の弾劾できるところを弾劾するのである。誘導尋問を多用する、証人をコントロールできないオープンな質問をしない、議論をしない等のいわば鉄則ないしルールもある(キース・エヴァンス著.高野隆訳「弁護のゴールデンルール」参照)。何を弾劾するかが証人に事前にわかってしまっては、弾劾にならない。場合によっては、弁論において初めて、弁護人の反対尋問の意図がわかるということも想定される。審理中に、裁判官が逐一、裁判員に「今の証人に対する尋問はこういう点を立証するためですよ」と説明しなければならないものでもなかろう。評議室に持ち込まれる前に、弁護側の意図が伝われば十分目的は達成されるといえ、その場合は、反対尋問自体の分かりにくさはやむを得ない。


(7) 被告人質問の在り方
 成果と課題は、乙号証の取調べを留保した上で被告人質問を先行して実施し、その後、取調べの必要性がないと判断した場合に乙号証の取調べ請求を撤回してもらうか請求を却下するという方法(いわゆる被告人質問先行型)と、乙号証の取調べを被告人質問に先行して実施するという方法(いわゆる乙号証取調べ先行型)のうち、「いずれの方法を用いるかについては、特定の方法にこだわるものではなく、被告人の供述をいかに裁判員に分かり易く伝えるのかということが大事であり、ケースバイケースで判断すべき」と述べる。
 被告人質問先行型をケースバイケースとして認めた点は一歩前進といえる。しかし、成果と課題は、「事案によっては弁護人による被告人質問においても争いのない被告人に不利な事実について供述させる(その旨公判前整理手続において打ち合わせておく)などといった考慮が必要である」とも述べており、被告人質問の内容まで打ち合わせるのは、公判前整理手続の機能を逸脱している感がある。
 乙号証先行型は、「簡にして要を得た」という名の下に作成された作文調書を弁護側が容認することになってしまう。


(8) 2号書面や自白調書の証拠能力が争われる場合の審理の在り方
 ア 2号書面
 成果と課題は、@検察官において、共犯者等が証人尋問で捜査段階の供述を覆すおそれを認めたような場合は、その旨裁判所に伝え、裁判所においても2号書面の採否についての証拠調べを行いうることを見込んだ審理計画を立てることが必要、A安易に2号書面を請求するための形式的な要件立証に入るのではなく、その後どうして公判廷で異なった供述をするようになったのか等について粘り強く尋問し、公判供述と捜査段階の供述のいずれが真実であるかを明らかにさせる、B2号書面の採否に関する「ミニ論告」、「ミニ弁論」の実施等を提唱する。
 A、Bについては妥当であるが、@については裁判所から言うこととしては疑問を感じざるを得ない。当事者の予告を裁判所が受け入れて審理計画を立てることは証人に一定の予断を抱くことに繋がらないであろうか。予告の有無に関わらず、審理計画に余裕を持たせることは可能なはずである。
 イ 任意性・特信性に関しての裁判員の意見の聴取
 成果と課題は、「もっぱら虚偽排除的な観点から捜査段階の供述の任意性が争われる場合は、任意性の判断と信用性の判断が密接に関連するのであるから、裁判員の意見を聴取する」、「専ら違法排除的な観点から捜査段階の供述の任意性が争われたような場合は、信用性の判断とは無関係なこともあるから、裁判員の意見を聴く理由がないということになろう」と述べる。
 しかし、後者においても、違法排除の対象となる事実の認定において、市民感覚を無視して裁判員を蚊帳の外に置くことは許されるべきでない。
 次に、成果と課題は、「任意性・特信性の判断自体は裁判官の専権であって裁判員の判断することではなく、意見を聴く意味がない」、「裁判員は当初の意見に拘泥し、信用性についてのみ特化した意見はなかなか言い難いのではないかといった問題点も指摘されており、これらの点に関する裁判員の意見の聴取に慎重な意見を述べる意見もあった」と述べる。
 しかし、任意性・特信性についても「意見を聞く意味」はあると思われる。又、任意性・特信性に疑問ありとした裁判員は、その前提となった判断(例えば、利益誘導の疑い等)を踏まえて信用性について意見を述べると考えられるが、これは「当初の意見に拘泥」するものといえるであろうか。前同様、違法排除の対象となる事実に対する市民感覚は否定されるべきでないと考えられる。
 ウ 2号書面や自白調書の採否の在り方
 成果と課題は、「2号書面や自白調書を必要性なしとして却下するかどうかは、基本的には最終評議の結果であり、その判断は慎重に行うべき」というのが大方の意見と述べるが、調書裁判からの脱却のためには2号書面や自白調書の採用は限定されるべきという見解が妥当である。


(9) 論告・弁論の在り方
 成果と課題は、論告・弁論について、@量刑意見の形成に際し、裁判員裁判用の量刑検索システムの活用、A論告・弁論においても同システムの活用、B従来どおりの総花的な情状事実の列挙でなく、説得的な説明方法の検討の必要を、それぞれ指摘する。
 上記@、Aについては、裁判員制度実施後公開された裁判所のWeb版量刑検索システムは、ある程度の詳細な検索項目が設定されている上に、事例一覧や、量刑分布表も出る等、実際に利点もある。裁判員がこのシステムに依拠して量刑評議をする以上、利用することは必須と思われる。しかし、事案が抽象的にしかわからず、オリジナル(判決文原本)にあたることができないことから、事案毎の比較はできず、誤導となるおそれもある。
 当会において採用している量刑データベースは、具体的事案が一読して理解できるものであり、原本にもあたることが可能である。成果と課題も、「もとより、当事者が独自の量刑資料の提出を強く求めた場合、これを制限することはできない」と述べている。愛知発信の同データベースは、全国展開を予定しており、今後の活用方法が一層検討されるべきである。
 最高裁によるBの指摘はまさにそのとおりであり、裁判員裁判では、形式面でも内容面でもメリハリをつけた情状事実の述べ方がキモとなろう。司法研修所で学んだ「1.犯行態様〜2.一般情状(1)被告人には前科がない(2)被告人は反省している〜」という白表紙型スタイルは、いっそ捨ててみる。そうすると、裁判員に最も共感してもらえる情状要素は何か、どう伝えたら共感してもらえるかを真剣に考えることになる。まさに、そこが自白事件における争点となる。争いのない事件はありえない。






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