会報「SOPHIA」 平成17年10月号より

裁判員は厳罰がお好き?
 〜「法の日」週間行事・公開模擬裁判


刑事弁護委員会 委員 湯 原 裕 子

  1. 公開模擬裁判
  2.  10月5日、「法の日」週間の行事として、裁判所主催の模擬裁判が行われました。 
     今回は、裁判員裁判に対応するために改築された2号法廷のお披露目も兼ねて、市民に公開し、かつ裁判所の地域委員を裁判員として行われました。 
     事案は、父子二人暮らしの51歳の被告人が、食事や排泄が一人ではできなくなった72歳の父親の介護に疲れ絞殺したというもの。 
     公訴事実に争いがなく、もっぱら情状が問題となる事案でした。 
     裁判所の担当部は刑事1部。弁護人は私と白川秀之弁護士がつとめました。


  3. 公判前整理手続
  4.  2回開かれました。しかし公訴事実自体に争いがなかったため、証明予定事実記載書に何を書こうか戸惑いました。 
     また、裁判官が「裁判員というのは、メモリーの容量が制限されたコンピューターみたいなものだから、情報量は絞ってもらわないと困る」と盛んにおっしゃっていました。 
     検察官が本件犯行からだいぶ前の被告人の生活歴などを証明事実に盛り込んできたのに対して、裁判所は「本件事件に密接に関連するものではない」として割愛を求めました。これに対し検察官は「事件は『点』ではなく一連の流れとして見なければならない」と抵抗していたのが印象的でした。


  5. 刑訴法327条の合意書面
  6.  公判準備の際、裁判所から、「今回の模擬裁判では合意書面を作成することを考えて欲しい。要旨の告知として裁判員に告げるのと合意書面で告げるのと、どちらが裁判員に対してより効果的か検討して欲しい」との示唆がありました。 
     調書を検討していると、公訴事実に争いがなく、書面には同意できる部分と不同意部分とが混在しており、調書を丸ごと不同意にするならともかく、部分不同意にすると煩雑で、かつ同じ事柄について書いてある調書が数通存在していることから、こと細かに部分不同意にするくらいなら、いっそ全部不同意にした上で、同意できる部分について合意書面を作成した方がすっきりするのではないかと思いました。さらに改正刑訴法研修会で「弁護人が調書に同意するということは、本来証拠能力のない調書に証拠能力を付与するという行為であり、安易にする必要はない」と講師が強くおっしゃっていたことから、「供述調書は全部不同意にして、争いのない部分についてだけ、合意書面を作成する方がいいのでは」という結論に至りました。 
     そして検察官に、調書は全部不同意、争いのないところについて供述調書代わりの合意書面を作ることを提案したところ、拒否されるのではないかという予想に反して、検察官もこれに応じてくれました。(但し、調書の証拠調請求の撤回については、証拠調べ終了まで保留でした。)
      具体的に合意書面を作成するにあたっては、まず弁護人の方から原案を示し、それに対する検察官の意見をすり合わせて修正していく、という手順で作業しました。 
     こちらが割愛した(弁護人にとっては、あまり重要とは思えない)事実について、検察官が盛り込んで記載して欲しいとの意見をもらうことが多々ありましたが、今回は公訴事実に争いがないので、「裁判員が供述調書をいちいち見なくてもこれだけ見ればわかる」という書面にすることを目的に、尋問により明らかにすべきところを除いては、検察官の意見に応じていましたので、比較的詳しいものになりました。
     否認事件であれば、合意できるところは少なくなり、全く違うことになるのでしょう。


  7. 審理
  8.  法廷には大きなディスプレイが設置され、裁判員と傍聴席の両方から見ることができるようになっていました。白川弁護士が冒頭陳述を、私は弁論を担当しました。
     尋問は被告人と、被告人の妹。裁判所の実験として、尋問の直前に証人もしくは被告人の合意書面を読み上げ、続けて尋問に入るという進行で行われましたが、のちほど裁判員からはよくわかったという意見が出されました。 
     合意書面を検察官と弁護人のどちらが読み上げるかについては、今回は検察官が読み上げたのですが、弁護側申請の証人でもあったので、弁護人が読み上げるという選択肢もあったかと思います。 
     弁論については、同様の事例の過去の判決を挙げて行うことも検討したのですが、適当な類似事案を見つけることができず、刑罰の意味などを述べ、執行猶予を求めました。


  9. 評議
  10.  評議開始当初と最後に、裁判員の意見が集計されましたが、その変遷は以下のとおり(A〜Fは裁判員。数字は年。猶予と括弧書きしたのは執行猶予を付するとの意見)。 

     
    当初

    ?(猶予)

    2.6
    最終 3(猶予)


     評議では、被告人が父親が寝たきりになって1ヶ月程度で殺害に至ったこと、介護保険などの手続きをしていないことなどが非難されました。「検察官の求刑が軽い。求刑以上の判決をすることが可能か」いう質問まで出る始末でした(検察官の求刑は6年)。 
     また、裁判官が類似事例として紹介した事例7例が、求刑5〜7年で判決3〜6年、うち執行猶予は心中目的の1件だったため、裁判員の最終意見はいきおい重くなりました。 
     裁判員は、これまでの基準というのを相当気にされるそうなので、やはり過去の類似例を挙げての弁論が必要だったと痛感しました。 
     それにしても、検察官の意見には弁論なりで反論していけますが、評議中の裁判員の発言中に、弁護人としては反論したいところがあっても、評議には手も足も出せないことを悔しく、また怖く思いました。 
     結局、判決は懲役5年となりました。


  11. 最後に
  12.  今回の裁判員は、名古屋地裁の地域委員の方々で、立派な肩書きを持たれ、社会的に成功されている方々であったといえます。 
     そのような「精神的にも、社会的にも『強者』」である方々に、人間的な弱さゆえに犯罪を犯してしまう被告人の気持ちをわかって下さい、というのは難しいのでしょうか。 
     また「自分は介護される方の年齢だから、被害者と同じ殺される方の立場」という強固なスタンスでもって裁判に臨む裁判員の心を、どれだけ動かせるのでしょうか。 
     裁判員裁判での弁護人の課題は大きい、と感じました。








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