会報「SOPHIA」 平成25年5月号より

第二次安倍政権のもとで危険水域に入った憲法改正問題

憲法問題委員会 副委員長
長谷川 一 裕

1 憲法改正をめぐる情勢の進展

昨年12月の総選挙で、憲法改正を公約の一つとして掲げた自民党が294議席で大勝、日本維新の会やみんなの党も含めて憲法改正を志向する政党が衆議院で3分の2を超える議席を獲得するという情勢が生まれました。

安倍首相は、国民投票法(2007年制定、2010年から施行)の付則に定められた宿題(18才以上の国民に選挙権を付与するための法制上の措置等)を片付けた上で憲法改正手続を定めた96条から憲法改正に着手することを言明し、これを7月の参議院選挙の争点とするとしています。日本維新の会、みんなの党も、多少の違いはありますが、これに呼応する動きを強めています。

祖父岸信介が挑み、第一次安倍政権が挑んで挫折したリベンジに燃える安倍首相は、7月の参議院選挙の結果如何では必ずや憲法改正に打って出るでしょう。日本国憲法は、再び危険水域に入りました。


2 明文改憲の動き@ー自民党憲法改正草案

自民党は、サンフランシスコ講和条約発効の記念日(4月28日)に合わせて、昨年4月27日に「憲法改正草案」を発表しました(以下、草案と略称)。同党は、第一次安倍政権下の2005年に新憲法草案を発表していましたが、今回の草案はこれを全面的に改めました。

05年の新憲法草案は、自衛軍の創設等を含みつつも、復古的色彩は極力避け、環境権や国民の知る権利等の「新しい人権」の導入を謳い文句にした「未来型」改憲を打ち出しました。これは、国会における民主党との二大政党制的議席分布を前提として民主党との提携を視野に入れたもので、党内保守派からは不満が出ていました。

今回の草案は、これとは一変したものです。前文を含めた全面改正ですが、天皇元首化、国防軍設置と軍法会議、機密保護法の制定条項、緊急事態宣言(非常事態宣言)、天賦人権説の排除と「公共の福祉」の「公益及び社会秩序」への置き換え、96条の憲法改正要件の緩和等を提起しています。改正箇所は、極めて広範囲であり、その内容も、日本国憲法の根本的な変質を意図しています。

草案のエッセンスは、本稿末尾添付の別表「自民党憲法改正草案のポイント」の通りです(全文は、自民党のホームページに掲載されています。「日本国憲法改正草案Q&A」も併せてご覧ください)。自民党の「宣伝」をするつもりはありませんが、私見をはさまず草案の内容を客観的に紹介することにしました。なぜなら、在野法曹の弁護士なら、それを読むだけで、自民党の改正草案が、近代憲法の本質―国民の自由と権利を守るために国家権力を制限する立憲主義の理念―を否定し、基本的人権の生来性・不可侵性を否定して国家秩序に従属させ、平和国家日本を「戦争のできる国」に変質させるものであること、憲法改正というよりは憲法の破壊に等しいものであることを容易に理解していただけると思うからです。


3 明文改憲の動きA―96条改正先行論

全国各地の単位会で反対の会長声明が相次いで出され、当会は5月29日の定期総会で反対決議を採択しました。

96条先行改正論の起源は古く、保守合同による自民党結党前の自由党が1954年に公表した「日本国憲法改正案要綱」は、第一段階として96条を改正し(但し、その内容は国民投票を削除するというものでした)、その上で憲法の全面改正に臨むというものでした。

安倍首相は、今回は維新の会の提案に飛びつき、総議員の3分の2という発議要件を2分の1に緩和することを提案しました。しかし、その評判はすこぶる悪く、一部の改憲派からも「改正ルールを変更するのは裏口入学だ」という批判が高まっています。9条改憲のハードルを下げたいという意図が見え透いていますし、何よりも、96条「先行改正」のための説得的なロジックを示し得ていません。自民党内では、96条先行改正一本槍ではなく、環境権等の「新しい人権」規定の導入等の化粧直しをして出直そうとする動きもあるようです。


4 解釈改憲の動き@―集団的自衛権の行使容認

自民党の2012年総選挙の公約は「日米同盟を強化し、集団的自衛権行使を一部認める等、体制整備を進める」としていました。2007年、第一次安倍政権は「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長 柳井俊二元駐米大使)を発足させ、同懇談会では2008年、集団的自衛権に関するいわゆる4類型(@公海上で併走する米軍艦船が攻撃された場合の米艦船防衛A米国に向かう弾道ミサイル迎撃B国連平和維持活動等における駆けつけ警護C海外での他国部隊に対する後方支援の強化)について検討を加え、集団的自衛権行使容認に踏み切ることを求める報告を提出しています。安倍首相は今年2月、同懇談会を再発足させ、今秋には懇談会の報告が出される予定です。

議論状況は非公開なので現時点では詳細は不明ですが、報道に拠れば、4類型を6類型に増やし、対象国にオーストラリアやインド等を入れることを検討中と伝えられています。

9条のもとでは自衛のための必要最小限度の実力の行使が認められるに過ぎず、わが国が武力攻撃を受けていない段階で実力を行使することはできないという内閣法制局の集団的自衛権行使の禁止に関する確定した憲法解釈は、論理的にも動かし難いものであり、この解釈を突破する試みは法論理的に成り立つとは到底考えられません。それでも強行するというなら、それは立憲政治の否定以外の何者でもありません。


5 解釈改憲の動きA―国家安全保障法

昨年7月、自民党は「国家安全保障基本法」案を発表しました。同法案10条は、「我が国、あるいは我が国と密接な関係にある他国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態」における我が国の武力行使=集団的自衛権の行使を公然と認めています。内閣法制局を通す必要がない議員立法で提案する方針と伝えられています。憲法尊重擁護義務を負う国会議員たちが、寄り集まって立法行為によって憲法を破壊するようなことが認められるなら、人類の歴史の英知である立憲主義の原則は微塵に砕かれ、取り返しの付かない事態をもたらすでしょう。


6 まとめ

以上のように、憲法改正の動きは、正に風雲急を告げている状況にあります。「法律のプロ」であり、「基本的人権の擁護」を使命とする弁護士集団である弁護士会としては、今こそ、我が国の将来のあり方を決める「憲法」の問題に積極的に取り組むことが求められ、且つ、そのことは、社会的にも大きな期待が寄せられていることを1人ひとりがしっかり認識していきたいものです。

憲法問題委員会は、今後も、憲法改正問題や集団的自衛権の解釈変更等の様々な問題について会員向けの学習会を開催したり、一般市民に憲法改正問題の重要性をアピールする広報活動に取り組んでいきます。また、今秋10月3日から広島で開催される日弁連人権擁護大会の第2分科会は「なぜ、今『国防軍』なのか−日本国憲法の安全保障と人権保障を考える」です。これらの取り組みにも是非御参加ください。

憲法第96条の発議要件緩和に反対する決議