弁護士への道(第11回) 会報「SOPHIA」平成20年11月号より 


「弁護士への道」第11回 二回試験

会報編集委員会

1 二回試験の不合格者の増加
 二回試験を翌日に控えた菊野は、近年、二回試験の不合格者数が急増していたことから、不安を隠せなかった。

 あまり考えたくはないが、不合格の場合は、罷免により司法修習生の身分を喪失する。不合格者は、最高裁判所に願い出ることで、司法修習生の資格を再度取得し、次回の二回試験を再受験することができる。
 ただ、繰り返して二回試験に落ちると司法修習生として任命してくれなくなるのではないかと言われている。
 二回試験に不合格になった場合、内定を取り消すところも多いと聞く。二回試験に落ちて、内定が取り消されれば、再就職は相当厳しい。
 就職先の先生にも迷惑を掛けるだろうし、就職を後押ししてくれた、修習委員の先生にも申し訳がない。
 菊野には、受かって当然の試験であるということがかえって重くのし掛かった。
 菊野は、集合修習に入ってからは、大好きな合コンを一切控え、いずみ寮の部屋に引きこもりながら、白表紙を熟読したり、実務修習中にした勉強会の起案を再検討したり、集合修習中に行われた起案の講評を踏まえて再起案したりしていた。
 ところで、修習生の中には実務修習期間中に就職先が決まらずに(就職活動の様子については10月号を参照。)、集合修習中も、就職活動をしている修習生がいるという話も聞いていた。
 菊野の内定が決まったのは、集合修習が始まる1か月前であった。一歩間違えば、菊野がその立場にあったかもしれない。そう思うと、菊野はゾッとした。
 菊野は、そういう修習生からと比べると、集合修習期間中は集中して勉強ができたので、つくづく運がいいと思った。できれば、この運で二回試験も乗り切りたいとも思った。

2 二回試験の概要
 
菊野が受ける二回試験は、民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護の5科目が実施される。1科目あたりの試験時間は、午前10時20分から午後5時50分までの7時間30分である。この点は、これまでの二回試験と変わらない。
 出題の形式は若干異なるようだが、裁判記録や捜査記録に基づいて起案をする点も変わらない。
 これまでの試験と異なるのは、一般教養試験と口述試験が廃止されたこと、また、口述試験が廃止された代わりに、論述試験に小問が追加されるようになった。
 制度的に大きく変わったのは、追試制度が廃止されたことだ。追試制度が廃止されたのは、旧60期のことである。1科目でも不可であれば、その時点で二回試験の不合格が確定する。次回に再び全5科目受験しなければならない。
 菊野は、1科目ぐらい失敗してもいいと考えているわけではないが、救済措置があるかないかでは,精神衛生上全く異なる。

3 不可答案の傾向
 研修所教官は、「普通にやっていれば、落ちる試験ではない」と言っていたが、みんな普通にやっているような気もする。普通にやってこれだけ落ちるのだろうか。
 最高裁判所事務総局から発表された「新第60期司法修習生考試における不可答案の概要」なる報告書によれば、不可答案に現れた問題点として、基本法の論理的体系的な理解不足や事実認定の基本的な考え方が身についていないことが指摘されていた。
 例えば、法律構成を意識することなく、事実の主張と反論を繰り返すだけの答案、事実認定で処分証書の真正が問題になっているのにそれに言及しない答案、被告人の弁解を無視するかのような答案などが不可になっているらしい。
 中には、相殺の抗弁により引換給付の効果が生じるなんて書いた修習生がいたらしい。
 菊野は、まさか修習生がこのような基本的なミスをするわけがないと思ってはいた。しかし、これは事実である。
 研修所教官も、「まさか落ちるとは思ってもいなかった修習生が不合格になったこともある」「二回試験は一種独特の雰囲気がある。それに飲み込まれないように」と忠告してくれた。
 二回試験では、あまりのプレッシャーで思考力が麻痺するのかもしれない。過去には試験中に緊張のため倒れた人もいたらしい。教官のいう「普通」にとは「普段通りの気持ちで」という意味なのかも知れない。
 今更じたばたしても仕方がないし、二回試験に向けて全力を尽くしたのだから、すべてをぶつけるつもりでいこう。ただ、平常心で。そう思い、菊野はベッドで横になった。

4 二回試験
 初日は、刑事裁判だ。刑裁起案では、判決主文、法令の適用、事実認定上の問題点について起案をする。
 起訴状を読むと、被告人は、窃盗をしたとして起訴されたことが分かる。第1回公判調書によれば、被告人は罪状認否で犯人性を否認している。
 証拠として被害品と思われる証拠物が取り調べられている。証拠物は、被告人所有車両から発見されている。市場に相当数出回っているので、被害品と同一性があるかが、まずポイントになりそうだ。
 ただ、被害品との同一性があったとしても、当日車両を使用していたかも争っているようなので、犯人との同一性の問題は解消されていない。被害日時と押収日時が1週間ほど離れているため、被害品がどのくらい流通する可能性があるのかも犯人の同一性の判断のポイントになりそうだ。
 物証以外には、目撃者の証言がある。ただ、夜間であったため、犯人の顔をはっきりとは見ていないようだ。
 記録を一通り読み終えると、ちょうどお昼ぐらいになっていた。
 菊野は、予め買っておいた弁当を食べながら、もう一度証拠とそこから認定できる事実を整理して、答案を書き始めた。
 あっという間に、試験時間が終わった。手応えとしては、可もなく不可もなくと言ったところだ。
 2日目は、検察だ。検察起案では、終局処分起案と起訴状もしくは不起訴裁定書の起案をする。さらに求刑も起案をする。
 被害者の調書を読むと、夜に犯人に後ろから羽交い締めにされ、持っていた財布を盗まれたらしい。弁解録取書には、犯人ではないと弁解している。刑裁起案に続いてまた犯人性の問題が出た。
 3日目は、刑事弁護だ。刑弁起案では、弁論要旨を起案する。記録を開き、起訴状を見ると窃盗で起訴されていることが分かる。第1回公判調書を見ると自白していた。
 情状弁護の弁論要旨かと一瞬パニックになりそうになったが、よく見ると強盗致傷の追起訴があった。刑事系はすべて犯人性の問題だったのが意外だった。
 調書を見ると自白と否認を繰り返していた。被告人と犯行とを結びつける物証はなく、被告人の自白の任意性と信用性を争う事案であった。
 アリバイはないようだ。これでアリバイがあれば、相当な分量になるだろう。試験時間で書けるかどうか分からない。そういう意味では、菊野は少し安心した。
 被告人質問調書を読むと、本当のことを言っているのか悩む供述があった。
 それでも、被告人の主張にしっかりと耳を傾けることが刑弁の基本であるとの弁護教官のアドバイスを思い出し、主張を貫き通した。
 4日目は、民事裁判である。民裁起案は、主張整理用と事実認定用2冊の事件記録が渡される。
 民事裁判の主張整理の起案では、以前は、上下段と呼ばれる出題方式を採用していたが、現在では、
問1 訴訟物を説明せよ
問2 攻撃防御方法の構造を説明せよ
問3 要件事実を説明せよ
という方式に変わっている。
 問2では、請求原因や抗弁を書き出して、請求原因と位置づけるべきか抗弁と位置づけるべきか解釈上の争いがあれば、その論証もする。問3では、要件事実について、法律の解釈を踏まえて論証する。
 たまに、問2で答えるべきなのか、問3で答えるべきなのかよく分からないときがある。でも、そんなことを気にしてはいられない。迷ったら、両方に書こうと思った。
 最終日は、民事弁護だった。民弁起案は、最終準備書面と保全と執行に関する小問が出される。
 訴状と答弁書は記載が省略されないが、その後に提出された準備書面はすべて省略されている。
 甲号証、乙号証及び尋問調書からから、それぞれの代理人の主張を考え、原告代理人として、最終準備書面を起案するというものだった。

5 二回試験が終わって
 二回試験が終わると,名古屋修習のメンバーで朝まで飲み明かした。ただ、菊野は、あまりにも疲れていたため、居酒屋でぐったりしていた。
 菊野は翌日の昼すぎから退寮の準備をしていた。これまでの司法修習では、合格発表まで特別講義が組まれて、司法研修所で合否の発表を待ったが、今は、二回試験が終わってから1週間でいずみ寮を退寮しなければならない。
 合格発表は、合否通知を自宅で待つか、司法研修所まで見に来るかのどちらかだった。
 とにかく、菊野に残された時間は1週間だけだった。菊野は、東京ライフを満喫しようとした。東京ディズニーランドに行ってみた。夢を見させてもらった。秋葉原に行ってみた。萌えた。
 あっという間の一週間だった。菊野は、荷物をまとめて名古屋に戻り、合格発表を待った。

6 合格発表当日
 とうとう合格発表当日である。合否通知は、合格発表の2、3日後に届くことになっている。菊野は、合格通知票を自宅で待つことにした。
 菊野が、いまごろ合否が発表されているだろうなと思ったころ、東京で内定をもらっていた石川(10月号)から、次のようなメールが届いた。
 「不合格者の掲示を携帯で撮影しました。添付ファイルで送ります。
 よかったら確認してください。ちなみに僕は合格してましたよ。(^^)/」
 なんと心臓に悪いメールだろうと思った。それでも、菊野は、恐る恐る添付ファイルの写真を開いた・・・

弁護士への道 第12回へつづく