弁護士への道(第7回) 会報「SOPHIA」平成20年7月号より 


「弁護士への道」第7回 新司法試験 その2

会報編集委員会

1 4月29日
 今日からゴールデンウィークだ。世の中、皆、浮き足立っているが、司法試験受験生にゴールデンウィークはない。昔も大型連休明けの日曜日に短答式試験があったそうだから、この点は、変わりがない。
 連休が明けたらいよいよ本番。短答式はまあまあなのだが、論文が不安だ(試験の日程、科目は先月号参照)。特に公法系科目。何せ、過去問で見た去年の問題の書き出しは、

「A教団は、理想の社会を追い求めて集団生活を営む信者のみが救済されるという教義を信奉しつつ活動する宗教団体であった。A教団には、「暗黒」な部分を除去しなければ理想社会は実現できないという信条を強く持つ信者も少なくなく、200X年、一部の過激な信者達が、複数の官庁・企業周辺で同時爆発テロを実行し、その計画、指示、実行に当たった教団幹部や信者は逮捕された。・・・」
(平成19年公法系科目第1問)

ではじまるものだから、一瞬試験を忘れて小説かと思って読み入っちゃったからなぁ。
 こんなの緊張した本番で目にしたら舞い上がっちゃうよな、気をつけないと。きっと、どんな事態にも冷静に対処せよという教えも含んで入るんだろうなぁ。そう考えないと理解できないよ。

2 5月14日(短答式試験)
 さて、試験本番である。初日は短答式試験。午前中民事系科目が2時間半、午後は、公法系科目と刑事系科目がそれぞれ1時間半。“ここで失敗しては論文を採点してもらえないぞ”と気合いを入れて臨んだ。
 平成19年の例で言えば、公法系が40問、民事系が70問、刑事系が39問で、満点は公法系と刑事系が100点、民事系が150点だ。問題数が中途半端なことから分かるとおり、設問ごとに配点が異なり、2点の問題から4点の問題まである。
 形式は問題文を読んで、いくつかある選択肢の中から1つを選ぶというもので、これは旧試験の短答式とあまり変わらない。
 高配点の問題を落とさないよう十分注意をして、何とか乗り切ったと思う。

3 5月15日〜18日(論文式試験)
 初日午前は選択科目。制限時間は3時間。
 午後、いよいよ公法系科目、4時間の長丁場だ。頑張ろう。
 ここでふと、去年の問題が頭の中をよぎる。また“A教団が暗黒な部分を除去し”なんて書いてあったらどうしよう。
 こう思いながら菊野は問題用紙を開けた。

(平成20年公法系科目第1問)

「200*年度インターネット白書によると、インターネット利用者数は推計で約8900万人とされ、国民のおよそ4分の3がインターネットを利用していることになる。」

 おっ、今年は突拍子もないこと書いてないじゃん。へぇ〜、そうなんだ。ふん、ふん、確かに今のご時世、インターネットくらい使えないとね。でも、アナログ人間の僕にはとっつきにくい問題だなぁ。
 それから、それから?

「インターネットは、既に個人レベルにまで普及しており、インターネットなしの生活は考えられなくなっている反面、様々な弊害も問題提起されている。それは、過度の性的表現、過度の暴力や残虐な表現、犯罪や違法薬物への興味を引き起こすような情報等が子どもに及ぼす有害な影響である。」

 やっと憲法の話っぽくなってきたな。表現の自由の問題か?それなら典型的で書きやすいぞ。それで、それで?

「政府は、過度の性的表現等から子どもを保護することを更に徹底するための対策等の強化について検討し、200X年、『インターネット上の有害情報からの子どもその他の利用者の保護等を図るためのフィルタリング・ソフトの普及の促進に関する法律』(フィルタリング・ソフト法)を策定して国会に提出し、同法案は衆参両院で可決・成立した。

 んっ?“フィルタリング”?なんだそりゃ?“フィルタリング・ソフト法”?そんな法律あったっけ?あっ、そうか架空の話か。何か、話が違う方に行ってないか?

「・・・同法によれば、・・・インターネットへの接続機能を有する電子機器・・・内閣総理大臣が指定した適合フィルタリング・ソフトウェア・・・」

 何言ってんだ?頭に入らん・・・

「Aは、平和問題と死刑存廃問題に関係する情報を無料で配信するサイト(以下「本件サイト」という。)を運営していた。・・・「本件サイトに含まれるウェブページの大半が有害情報を含む有害ウェブページとして、かつ本件サイト全体が有害ウェブサイトとして指定された。・・・Aは、本件サイトとは別の自分のサイトに同プログラムをアップロードし、無償でダウンロードできるようにした。」

“ウェブページ”、“アップロードしダウンロードする”?ますます分からん、結局何が聞きたいんだ?Aが起訴された?

「1.あなたがAの弁護人だったとして、裁判においてどのような憲法上の主張を行うか」
「2.Aの主張に対する検察官の主張を想定しつつ、憲法上の問題点について、あなた自身の見解を述べなさい。」

 そうか、これが問題か。僕が弁護人?でもパソコンのこと分からんぞ。あっ、違うか。インターネットの問題じゃなかった。
 問題文と設問だけでA4、2ページ、資料が6ページ、読むだけでも時間が足りん。
 何か動揺してきたぞ、とりあえず2問目にも目を通しておこう。

(平成20年公法系科目第2問)

「医療法人社団であるAは、平成13年1月24日、介護保険法第94条第1項に基づく開設許可を受け・・・・・・・・・」

 今度は介護の問題か。うちの両親まだまだ元気だからなぁ、介護のことなんて考えたことないよ。
 おーっと、違った、違った、公法の問題だった。それにしてもこっちもびっしり6ページか・・・。こりゃ4時間あっても足りんよ。どうしよう・・・。

 こうしてあっという間に4時間が経ち、論文試験初日が終わる。
 終わったらぐったりである。
 その後、1日の中休みを挟んで、後半戦、17日、18日と連日試験を受けた。どの科目もとにかく問題文が長い。民事系科目なんか、第1問を午前2時間かけて回答し、第2問は、午後4時間かけて答案を書く。民事系科目だけで一日がかりの仕事だ。
 このようにして、菊野が初めて体験する延べ22時間30分に及ぶ過酷な試験が終わった。

4 6月5日−短答式試験結果発表−
 短答式試験と論文試験、実施は同時だが短答式の結果だけが約1ヶ月後に分かる。
 短答式試験の結果通知は、郵送で送られてくるが、その前に法務省のホームページで知ることができる。ホームページでは公開された正解、配点、合格ラインを手がかりに、自己採点で合否が分かるという仕組みである。
 6月5日、短答式試験の発表の日が来た。
 菊野は緊張しながらパソコンを立ち上げ・・・全身から力が抜けていくのが分かる。とりあえず、第一関門突破だ。
 2、3日後、郵便で通知が来た。結果は、合格に必要な成績を得た4654人中、3000番台であった。初めての受験にしては上出来だと菊野は思う。

5 短答式試験の合格発表から最終発表まで
 旧試験の時代は、ここから論文試験に向けて猛烈に勉強をする時期だと聞いたことがあるが、新試験では短答式と一緒に論文試験も受けてしまうため、次の試験があるとしたら、それは来年5月である。
 菊野は、1回目の試験で受かってしまうほど甘い世界ではないだろう、来年5月に向けて頑張らなければいけないじゃないかと思うが、もしかしたら一発で合格できるんじゃないかという淡い期待が邪魔をする。(頭の中では勉強しないと、いや、受かっているかもとの葛藤が繰り返され、焦りつつも、なかなか勉強が手につかなかった。)。
 そうこうしているうちに、9月の合格発表を迎えてしまった。

6 9月11日−論文試験結果発表−
 論文試験の結果発表の方法も短答式試験の時と同じで、法務省のホームページで発表当日に合否のみが分かり、その後試験結果が郵送されてくる。郵送の通知は順位や各科目の点数も分かる。
 菊野は、発表前日まで、ロースクールの仲間と勉強していた。
 夏の間、短答式試験に落ちた仲間は、来年に向けて必死に勉強をしていた。

 8月も終わり、菊野は、論文試験の発表が近づくにつれて、猛烈に不安になってきた。“ここで落ちていたらどうしよう。”“夏の間頑張っていた彼らと自分とでは大きな差が付いてしまったのではないか?”
 9月11日、いよいよ論文式試験の発表だ。
 菊野はまたパソコンを立ち上げる。短答式試験の時よりも、数段緊張する。
 合格への期待よりも、むしろ落ちていたらどうしようという不安が高まる。
 ホームページでの発表は、東京の受験地から始まる。名古屋はもっと後だ。受験番号を追っていくが、ない。行き過ぎか?もう1回戻って見直すがやはりない。
 不合格だった。
 自分の実力からすれば仕方がないと思う。落ちたことよりも、夏を無為に過ごしたことへの後悔が先に立つ。

 ロースクール同期の入谷は受かったらしい。何が違っていたのだろう?会って話を聞いてみたいが、会うと自分が取り残されたように思えて惨めに感じるだろうか?

 自分に残されたチャンスはあと2回。
 この先どう立て直そう?

弁護士への道 第8回へつづく