弁護士への道(第1回) 会報「SOPHIA」平成20年1月号より 
 ロースクール、既修者・未修者、新司法試験、就職問題・・・。思えば、ここ数年間で、弁護士になるまでの道は大きく様変わりした。既に弁護士の職に就いた者にとって、このような道は過去に通過した道であり、普段、振り返ることのない道である。弁護士への道が果たして今どうなっているのか、我々にとってはあまり興味のわかない話題なのかも知れない。
 しかし、毎年多数の新規登録弁護士が生まれ、現に我々の同業者となっている今、彼ら彼女らがどのような道を歩んできたのか、また今後多数加わってくる彼ら彼女らが歩む道は、我々の歩んできた道とはどこが違うのか、これらを最低限知っておくことは、同じ弁護士として重要なことではなかろうか。また、ロースクール問題や弁護士増員問題を考える上でも、これらの基礎知識を押さえておくことは有益と思われる。
 会報編集委員会では、弁護士を目指す1人の若者を追いかけながら、現在の弁護士への道をたどってみようと考え、新連載を開始した。なお、ロースクールや新司法修習に関する調査は、これらを経験したことのない会報編集委員が行うため、実際のロースクールや司法修習生の実情と若干異なる面があるかも知れないが、この点はご容赦いただきたい。連載中、ロースクールや新司法修習の経験者からの有益なアドバイスを頂ければ幸いである。なお、この物語はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係がない。


「弁護士への道」第1回 決意

会報編集委員会

1 失 業
 菊野大輔(きくのだいすけ)は26歳、独身である。菊野は、大学卒業後、A社という電子部品メーカーに就職し、営業として毎日夜遅くまで働いていた。就職してはや4年、社内の後輩も増え、最近ようやく一人前の仕事ができるようになったと課長から誉められることもあり、菊野は自分でも手応えを感じ始めていた。このまま順調に行けば、あと数年で役職をもらえるかも知れない。そうなれば、今よりもさらに忙しくなるだろう、そういえば彼女との結婚もそろそろ考えないといけない、この前も兄貴から「大輔もあっという間に30だぞ」と言われた。菊野はそんなことを漠然と考えていた。
 平成20年X月X日、この日も菊野は、いつもどおり定刻にギリギリ間に合う電車に飛び乗り、ジョギングがてら小走りに会社に向かった。ちょうど良い運動になったなあと思いながら、菊野は会社の入口に近づいた。すると、社員が大勢集まり、何やら騒がしい。怒鳴り声も聞こえる。変だな、何だろう、喧嘩でもあったのか。何気なく入口のドアを見ると、見たことのない張り紙が貼ってある。菊野は人をかき分けて、ようやく張り紙を覗き込んだ。すると、菊野の目に「破産」の二文字が飛び込んできた。「破産」ってことは会社が潰れたってことだ。菊野はまるで他人事のように感じた。本当かと首をひねったり頬を叩いたりもしてみた。もしかしてオレって失業したんだ・・・。間もなく、菊野は、あまりに突然の出来事に頭の中が真っ白になった。
 菊野はその場で小一時間くらい呆然としていたが、同じ営業の村上に教えてもらい、従業員説明会というものに出ることにした。会場は大勢の社員であふれかえっていたが、菊野は、会場の前の方で自分と同じくらいの年齢の若者が社長に対しテキパキと指示を出しているのを見つけた。何となく「かっこいいなあ」と思いながら、菊野は隣りに座った村上に聞いた。「あの人って誰。あのバッジって何だっけ。」「弁護士だよ。ウチの会社の破産手続をやるんだって。」
 説明会の間、菊野は、漠然と「弁護士さんか・・・。そういえば自分も一応法学部を出ていたよな。大学時代のサークル仲間で、確か弁護士になった奴がいたな。あいつ何ていう名前だっけ。弁護士になれば、かっこいい仕事ができるのかなあ。今から目指しても、まだ間に合うのかな。」説明会は上の空で、そんなことを考えているうちに、菊野はだんだんと弁護士に興味を持ち、弁護士になりたいと思うようになった。

2 新司法試験と旧司法試験
 菊野はさっそく家に帰り、インターネットで弁護士になるための方法を調べてみた。どうやら、平成20年現在、弁護士になるには旧司法試験(現行司法試験)と新司法試験の2つのルートがあるらしい。大学時代、司法試験は誰でも受験できる1発勝負の試験だと聞いたことがあったが、2つのルートができたとは知らなかった。新司法試験と旧司法試験はどちらがいいんだろう。調べてみると、次のような流れになるらしい。

         入 試
          ↓
       ロースクール
      (2年又は3年)
          ↓
         卒 業
          ↓
旧司法試験   新司法試験
  ↓       ↓
司法修習    司法修習
(1年4ヶ月)  (1年)
  ↓       ↓
司法修習生考試(二回試験)
      ↓
   弁護士登録

 旧司法試験は以前からの司法試験で、試験科目が何度か変わっているものの、短答式試験、論文式試験、口述試験の3つに分かれている。他方、新司法試験は平成18年度から始まった試験で、短答式試験と論文式試験の2つに分かれている。しかし、全体的に見れば新司法試験のルートは試験がたくさんあって大変そうだ、旧司法試験の方が期間も短いし試験が少なくて簡単かも知れないと菊野は思った。しかし、両者の合格者数や合格率を比較し、菊野は愕然とした。<表1>

 法務省によれば、旧司法試験は、合格者数をどんどん減らしていき、平成22年度で事実上廃止し、平成23年度は口述試験のみ実施するとのことである。しかも平成19年度の合格率はわずか1%そこそこである。他方、新司法試験は、来年以降の合格者数を2000人、3000人と増やしていき、平成19年度の合格率も40%以上である。菊野は、今から弁護士を目指す人は、普通はロースクール(法科大学院)に行って新司法試験に合格するルートを選ぶのだということを知った。
 菊野は、その日の夕食時、両親に自分の考えを打ち明けてみた。心配性の母は「司法試験ってもの凄く難しいんでしょ。お前、本当に大丈夫なのかい。」と顔を曇らせる。厳格な父は腕を組んだまましばらく黙っていたが、一言「大輔、お前、そのロースクールとやらの学費はどうするつもりなんだ。」

3 学 費
 夕食後、菊野は、再びパソコンを開き、ロースクールの学費について調べてみた。どのロースクールも、立派なホームページを作っており、学費についても詳しく掲載されている。<表2>

 こうして見ると、東京の私立大学は別にしても、大学によって入学金や授業料などにそれほど大きな差はないようだ。ちなみに受験料は3万5000円くらいだ。
 とはいえ、入学金に始まり、年間100万円の授業料、20万円の施設費が毎年かかるというのはとてつもなく大変なことだ。学費だけでなく、このほかに交通費や書籍代も相当かかるだろうし、場合によっては予備校にも行くことになるかも知れない。ロースクールで学生生活を送りながら、これだけの費用を負担するということになるが、この世界は一体どのような制度設計になっているのだろうか。奨学金制度はあるのだろうか。

弁護士への道 第2回へつづく