会報「SOPHIA」 平成28年10月号より

講演会「改憲問題としての緊急事態条項」開催される



憲法問題委員会 委員
岩 月 浩 二



9月25日、愛敬浩二名古屋大学教授を講師に招いて、標記の講演会が開催された。

7月の参議院選挙によって、政府与党は史上初めて改憲発議に必要な衆参両院で3分の2の議席を確保した。改憲問題は、今や現実的な政治課題となっている。愛敬氏は、こうした情勢を踏まえ、あくまでも現実の改憲問題に焦点を当てるべきことを強調された。

改憲問題の焦点は言うまでもなく憲法9条の改正であるが、9条が国民に強く支持されているところから、改憲のハードルを下げるため政府が最初に手を付けようとする改憲は緊急事態条項の導入にあると言われている。災害対策などを理由とすれば、国民に受け入れられやすいと考えられるからだ。

講演の内容は多岐にわたったが、以下では基本論点に絞って紹介したい。

  1.  必読文献
     用意された講演は、応用編とも言える高度な内容を含むものであったため、愛敬氏は、最初にこの問題を考える上での基本文献を挙げた。中でも「憲法に緊急事態条項は必要か」(岩波ブックレット)は、災害法制のエキスパートである永井幸寿弁護士の手になるもので、この問題の基本的な論点を網羅しており、短時間に現在の緊急事態条項改憲の問題を把握できる著作である。
  2.  100%の対応を求めることの危険性
     恰も100%の安全があるかのような対応を求めることは危険である。緊急事態条項による「安全」は人権・自由を犠牲にしてなされるものである。自由と安全のバランスを判断するのはときの政府権力であり、常に濫用される危険を孕むという認識がベースに置かれなければならない。
  3.  自民党改憲草案の緊急事態条項
     自民党改憲草案の緊急事態条項は、明らかにこのバランスを失している。武力攻撃、内乱、自然災害に加え「その他事態」を挙げており、緊急事態の範囲が限定されておらず、法律により歯止めない拡大が可能になっている。国会の承認は事後でもよく、期限の定めはないため国会によるコントロールは極めて不十分である。また、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定できる等とされているが、濫用に対する歯止めは極めて不備である。「備えあれば憂いなし」という俗耳に入りやすいスローガンに騙されてはならない。
  4.  諸外国の緊急事態条項
     緊急事態に対する対応は各国の国情によりそれぞれである。米国のような銃社会では、人種差別に対する抗議運動に対してすら、警察ではなく軍が対応すべき非常事態が生じるかも知れないが(ノースカロライナ州・シャーロット市事件)、銃規制が厳格な日本では警察力によって対応できる。フランス憲法の緊急事態条項は、アルジェリア戦争に伴う軍のクーデターに対する対応として発動された1回だけであり、抑制的に運用され、テロ等に対しては非常事態法による対処に止められている。ドイツ基本法による緊急事態条項は新書にすれば3頁にわたる膨大なもので、極めて厳格である。日本については、災害については災害法制で十分に対応ができる。
  5.  感想
     講演は元々は弁護士を対象に用意された高度なものであったが、弁護士よりも、市民から活発な質問がなされたのが印象的であった。憲法は、こうした一般の市民の方の努力によってこそ擁護されていることを力強く感じた。