会報「SOPHIA」 平成28年9月号より

犯罪被害者支援連載シリーズ
第18回犯罪被害者支援全国経験交流集会が開催される
〜犯罪被害者と報道との関係〜



犯罪被害者支援委員会 委員
佐 藤 万里奈

  1.  はじめに
     9月2日、秋田キャッスルホテルにおいて、第18回犯罪被害者支援全国経験交流集会が開催されました。犯罪被害者支援全国経験交流集会は毎年開催されており、今年は秋田で開催され、日本弁護士連合会、東北弁護士会連合会、秋田弁護士会が主催しました。
     第1部では、平成22年に発生した弁護士殺害事件の特別報告が行われ、第2部では2つの事例についてそれぞれ被害者代理人を務めた弁護士が、事例に即して被害者支援と報道との関係について発表しました。第3部では、「犯罪被害者に関する報道を考える」というテーマで、弁護士、秋田被害者支援センター関係者、報道機関2社の関係者によるパネルディスカッションが行われました。
  2.  第1部―秋田市弁護士殺害事件について
     平成22年11月4日、秋田弁護士会に所属していた津谷裕貴(つや・ひろたか)弁護士が、過去に担当した民事事件の相手方に殺害される事件が発生しました。この事件は、津谷弁護士の自宅に犯人が侵入し、津谷弁護士と奥様の津谷良子氏を刃物や拳銃で脅し、通報を受けた警察官が駆けつけて臨場していたにもかかわらず、津谷弁護士が犯人に刃物で刺殺されたという事件でした。
     この事件の被害者遺族であると同時に自らも拳銃を突きつけられた被害者である良子氏が、当時の状況説明、拳銃を突きつけられた恐怖などの被害者としての気持ち、突然夫を亡くしたことによる深い悲しみや喪失感など被害者遺族としての気持ち等を語りました。家族を失った悲しみや犯人に対する怒りだけでなく、あの時別の行動をとっていればという自責の念を抱いている旨の話もあり、被害者や被害者遺族の深い心の傷を感じました。
     第1部では他に、この事件で良子氏ら被害者遺族の代理人を務めた弁護士から、事件直後から裁判までを通して行った支援活動―検察官に対する早期の裁判提出証拠の開示申入れ、検察官との打合せ後の遺族への報告、被害者参加制度による良子氏の公判廷の審理への参加準備など―について報告がなされました。刑事裁判は、事件から約6年後に最高裁で無期懲役判決が確定しました。
     ただ、この事件には、警察官が臨場していたにもかかわらず、被害者が犯人に刺され死亡したという特殊事情がありました。事件発生直後には、警察官が津谷弁護士を犯人と間違えて取り押さえたと報道されましたが、その後警察官は前記報道や良子氏の証言と異なる供述を行い、また、検察官の立証に与える影響等の問題もあって刑事裁判での良子氏に対する尋問は処罰感情に限定され、事件についての証言は許可されませんでした。遺族は、現場で何が起きたのか真実を明らかにするため、警察官の行動に関し国家賠償請求訴訟を提起し、現在も訴訟が続いています。
  3.  第2部―被害者代理人の活動
     第2部では、犯罪被害と報道との関係について、秋田市内の報道機関に対して行ったアンケート結果紹介の後、2つの実際にあった事例について、それぞれ被害者遺族の代理人を務めた弁護士が事例発表を行いました。
     事案の1つは前述の津谷弁護士殺害事件です。弁護士が民事事件の相手方に殺害されたという内容から報道が殺到することが予想されたため、初期段階では過熱報道から遺族を守ることを主眼としましたが、国賠訴訟を提起する理由になった前述の事情もあり、事件内容を広く社会に知ってもらう必要があるとの思いから、ある時点から被害者側から積極的な発信を行うようになり、報道機関に対しても定期的に会見しているとのことでした。
     もう1つの事例は、ある事件で亡くなった被害者の少年について、何社かの報道機関に実名で報道され、その後に被害者に落ち度があったとも捉えられる情報が報道されたため、少年の遺族に誹謗中傷が殺到したというものです。遺族の代理人弁護士が、報道機関に対して抗議し、謝罪等もなかった報道機関に対して慰謝料の支払いを求めて損害賠償請求訴訟を提起したというものでした。
     2つの事例は、被害者側から事件についての報道を要望する、訂正を求めるといったように被害者側から報道機関に対して働きかけたものであり、事件を担当したそれぞれの弁護士から、重大事件が発生した場合の報道の過熱ぶり、報道が世間に与える影響の大きさについての注意喚起や、被害者側からの発信は被害者側に大きな負担を与えるため、信頼関係が築かれていなければできないことなどが指摘されました。また、報道については、不適切な報道をしてしまった場合に適切な対応をとらないと、被害者側との溝も深まるとのことでした。誤った対応を指摘された場合に、適切な対応をとらなければ更に溝が深まるのは、報道に限らず弁護士の活動にも言えることであり、自分自身も意識しなければいけないと思いました。
  4.  第3部―パネルディスカッション
     第3部のパネルディスカッションは、犯罪被害者と報道の関係について、被害者支援を行う弁護士の立場、支援センターの立場、報道機関の立場から議論がなされました。
     報道機関の関係者から、取材は報道関係者が参照する規定等に沿って行っており、近年では被害者の情報を報道するにあたり匿名化が進んでいるとの話もありました。
     なぜ被害者に対する取材が必要であるかという疑問に対しては、誰でも被害者になる可能性があり、被害者の心境や訴えを社会に伝えたいという目的のために報道機関は報道をしたいと考えているとのことでした。一方で、お子さんを交通事故で亡くされた犯罪被害者遺族でもある支援センターの方からは、被害者側の立場でいうと、実名か匿名かは警察でも報道機関でもなく被害者側が決めたいと思っていること、一方で、事件の概要が間違って報道された場合、訂正のため被害者側から発信することはあるとの意見が出されました。
  5.  最後に
     今回の経験交流集会は、被害者支援と報道のあり方が主眼であり、報道から被害者を守る観点だけでなく、被害者側から発信することもテーマとして掲げられていました。
     ほとんどの場合、報道機関が概要を報道して一般の方は初めて事件を認識しますが、インターネット等を介して報道が一人歩きし、被害者側が誹謗中傷を受けることがあります。
     無罪推定の原則があるので、裁判前に予断を抱かせるような報道は避ける必要があると思います。しかし、被害者についての報道によって被害者側に対する二次被害に繋がることもまた事実です。当然ながら報道されないことを望む被害者側も多いと思われますし、被害者側が望まない場合には、被害者側についての報道は氏名も含め差し控えるべきであると思います。一方で、被害者側が望む場合、報道機関とどのような連携をとって被害者側から発信するか考えることも被害者支援の1つであると思いました。