犯罪被害者支援連載シリーズ(59)
・・・北欧には被害者庁があるらしい
[ノルウェー王国編]〜日弁連北欧調査旅行報告
日弁連犯罪被害者支援委員会 委員
長谷川 桂 子
■北欧調査旅行最初の訪問地はノルウェーの首都オスロから飛行機を乗り継いだヴァルド(Varde)という人口2200人の町であった。町から少し離れれば草木も生えない荒野が広がる北端の地に法務省の下に設置された中央官庁である暴力犯罪補償庁(KFV)がある。
ヴァルド郊外の荒野
ノルウェーでは2001年に暴力犯罪被害保障法が制定されており、暴力犯罪の被害者は、国家から補償を受ける権利が与えられている。犯罪被害者からの補償の申請書を審査し、犯罪被害者への補償の裁定を行う官庁として暴力犯罪補償庁は2003年に創設された。
暴力犯罪補償庁
主な業務は@国から被害者への補償給付の申請の裁定(補償局)とA加害者に対する求償の決定である。14の地方事務所では、B被害者に対する支援、助言、指導(2013年は7856件)や、C被害者の証人出廷のサポートを行っている。補償庁本体の職員数は51名、うち30人は補償局に所属し、その大半が法曹資格者である。辺境にも関わらず南部出身者も多く、リクルートには苦労していないとのことであった。地方事務所で支援にあたっているのは退任警察官やソーシャルワーカーであるとのことである。
■ 国からの補償は、社会保障や加入している民間保険からの保険金では足りない部分を補う位置づけとなっている。
補償項目は収入減、社会保障では給付されない治療費や長期の療養費、自宅改築費用、介護費用、家事支援費用、移動支援費用、物損(着衣、持ち物の損傷等)、後遺症に対する補償、痛み・苦痛に対する補償など多岐にわたる。
補償の上限額は社会保障の単位である「G(ギー)」(毎年改定され今年は1G=8万8370クローネ)を基準として定められ、2001年には20Gであったものが現在は60G(約8750万円、16.5円/1クローネ換算)まで増額されている。日本の犯罪被害者等給付金(重障害の場合の支給上限(死亡より高額)3,974.4万円)と比べて格段に高額である。
2013年は6146件、合計約5億3079万クローネ(約87億5803万円)の裁定をしたとのことであるが、補償対象犯罪の5分の1程度の申請であり、被害者への広報周知が課題であるのは日本の各種支援制度と同様のようである。
■ 補償庁の裁定に不服がある場合はオスロにある市民庁(SRF)に不服の申立てをすることができる。市民庁も法務省の下に設置された官庁で、他に扶助や後見、刑事補償などの事務を取り扱っている。職員65名のうち40名が法曹資格者とのことであり、ここだけでなく、ノルウェーでもスウェーデンでも被害者に関わる官庁職員に法曹資格者が占める割合が高かったのが印象的であった。
補償庁の裁定に対する不服申立のうち、約3割は法務省の補償委員会に回され、残りを市民庁が担当する。更に不服がある場合は裁判所へ申立てることとなっている。市民庁では年約1500件を取り扱い、約3割で裁定が変更されるとのことである。
市民庁イェンセン長官と
■ 被害者への補償が支払われ、刑事裁判で有罪判決が出るなど加害者の犯罪が立証されると、補償庁は加害者へ求償を行う。求償の決定に対して不服の申立制度はない。
■ ノルウェーには罰金などの国が徴収すべき債権を取り立てる機関として回収庁(NCA)が設置されている。補償庁が決定した求償金は回収庁を通じて回収されることとなる。
回収庁は30以上の国家機関の160種類以上の債権を取り扱っており、約370名の職員で年間約40億クローネ(約660億円)近くを回収しているとのことである。
ノルウェーでは背番号制により個人の資産や収入を国がかなり捕捉しているので、資産隠しは困難のようである。社会保障を含む個人の収入は最低限の生活費を残して天引きされ、別荘や車、船も売却の上支払いにあてることとなる。最近報道されたケースでは、刑務所服役中の父親が息子にセカンドハウスを譲渡したところ、回収庁から息子に対して売却の上求償金を支払うよう指示されたという例まであるとのことであった。
日本の犯罪被害者等給付金制度には求償の制度はない。これに対しノルウェーでは高額の補償を行う反面、回収率も高い(回収未了額は約6億5000万クローネと評価できる(うち約半分はテロ事件関係)であり、2013年の合計補償額約5億3079万クローネと比較すると約1年分強程度である。)。加害者からきっちりと求償した上で再び被害者への補償の財源とする制度建てになっているとも言える。
■ ノルウェーの制度でユニークなのは、回収庁が被害者個人の加害者に対する損害賠償金の回収も行うということである。加害者に対して民事の損害賠償命令判決を有する被害者は、回収庁に申立をして、無料で回収してもらうことができるのである。
例えば、民事訴訟で100万クローネの損害賠償を命ずる判決が出されたが、補償庁の裁定では15万クローネの補償金しか得られなかった場合に、差額の85万クローネについて回収庁に申立てができる。
日本でも強制執行の制度はあるが、債務者の資産の有無や所在を探すのは債権者自身であり、この点を国が助力してくれることはない。また、強制執行は空振りに終わっても有料である。回収庁の制度は加害者には厳しいものではある。背番号制を背景にする等日本とは前提となる法制度の違いは大きい。しかし、支払うべきものを支払わず自身の資産は温存できるという結果の不公正が是認されてよいのかとの問いを、改めて突きつけられて思いであった。
■ 補償庁のすぐ近くに魔女裁判のモニュメントがあった。16世紀、ヴァルドでは大勢の女性が魔女として処刑された歴史があり、犠牲者の多くが少数民族であったという。被害者支援に携わる私たちに是非知っておいて貰いたいということで案内していただいた。歴史を直視し、後世に伝えるべくモニュメントを作るという姿勢に感服した。
魔女裁判モニュメント