会報「SOPHIA」 平成26年2月号より

愛知から世界へ(5)
ベトナムで働くことになるまで


国際委員会 委員 塚 原 長 秋

「町弁が国家の近代化に貢献する・・・」というと、何かとてつもないことのように聞こえるかもしれません。今回ご紹介するのは、町弁という立場からベトナムに赴任し、同国の近代化に貢献してこられた塚原長秋委員です。

【略歴】

私は当会には平成25年1月に入会いたしました。その後の仕事も海外ですので、皆様とはほとんど馴染みはありません。そこで、はじめに私の略歴を以下に簡単に申し上げたいと思います。

私は平成7年に司法修習を終え、大阪弁護士会に登録し就職しました。その事務所には3年ほど勤めて独立し、平成13年から15年までJICA専門家としてハノイに赴任しました。その後は帰国して通常の弁護士としての業務を行い、平成21年に大阪弁護士会を退会して、名古屋大学日本法センターの講師として再びハノイに戻り、その任期を終えてから、当会に登録させていただき、ハノイにある日系の法律事務所に勤めています。

【海外への関心】

海外への関心ですが、受験勉強をしていた当時は、ヒロイズムに浸るのが好きだったので、国際人権活動に漠然とした興味がありました。大阪で就職したのは一般民事を扱う通常の事務所でしたが、国際人権について少しは自分で勉強しました。日が経つにつれて実際の仕事と私の考えていることが乖離していたこともあり、このまま事務所で仕事をしていても、日常の業務に追われて人生を終わりそうな気がしました。そこで何の目途もありませんでしたが、事務所を退職することにしました。しかしその後、人権と言うのは両刃の剣のようなもので、近代国家でその名を口にすれば何でも許されるようなことがあるのではないかと思うようになり、また活動家の中には相当独善的な方も多いような気がして、急速に興味が薄れていきました。

それに代わって私の興味を引いたのが、東南アジアでした。受験生の頃、よく海外旅行をしていましたが、中でも興味を引いたのが東南アジアなのです。受験時代には、弁護士になって東南アジアと関われるとは全く想像していませんでしたが、法整備支援活動がベトナムで行われ、弁護士の専門家が派遣されているということを知って以降、急速に関心が高まりました。何としても東南アジアで働いてみたいと思っていたところ、JICAの専門家の公募があり、矢も盾もたまらず応募しました。法整備支援活動が東南アジア以外で行われていたら、おそらく何の関心もなかったと思います。

こうしてベトナムとの関わりの第一歩ができたわけです。その後、帰国してもベトナムが忘れられず、ハノイにある名古屋大学日本法センターの講師として再びベトナムに赴任し、現在に至ることになります。

このようにベトナムではいくつかの仕事を経験しました。仕事の対象となる人たちは、JICAでは主に政府(司法省)、大学では学生、法律事務所では日本企業とそれぞれ異なりますが、私のやってきたことは、突き詰めれば「ベトナムへの近代法の導入あるいは適用」です。それによってベトナムの町はどんどん近代化され、私の好きだったハノイの町並みも日々変容しています。それを見ていると、近代化は人に幸福をもたらしたのかどうか、ふと疑問に思うこともあります。

【最後に】

弁護士だからと言って、ある程度安定した生活を送れる時代は過ぎたのかもしれません。しかし、弁護士は自由業です。自分で自分の道を開拓できることは、今も変わらないのではないでしょうか。