会報「SOPHIA」 平成25年7月号より

問われているのは私たちの覚悟だ

〜秘密保全法に反対するシンポジウム
「公共の安全ってなんだ」の司会をして思ったこと〜

秘密保全法対策本部 副本部長
新  海   聡

「重いシンポジウムでしたね」。知り合いの弁護士の感想は、6月30日当日の参加者すべてに共通するものだったと思う。調査報道にこだわり、調査報道の減少に民主主義の危機をみるジャーナリストの高田昌幸氏と、警察国家、監視社会への流れに警鐘を鳴らし続ける元北海道警察釧路方面本部長の原田宏二氏。10年前には北海道警での組織的な裏金つくりの内部告発者と取材者でもあった二名の対談が、熱く、深いものとならないはずはない。そして、その対談は、まさに秘密保全法を阻止することへの本気度を私たち自身に問うものとなった。

対談は原田氏の、秘密保全法制は警備公安警察がその勢力を社会に伸ばすための手段として登場している、との報告から始まった。司会者である私は原田氏に、警備公安警察はどういう情報を保有しているか、という問いを発してみた。原田氏の回答は「わからない。」。本部長であった原田氏ですら、警備公安警察がいかなる情報を保有しているかを知ることができなかった、というのだ。個人情報をコントロールできない状態で、人的管理の名の下に個人情報の収集を正当化し、情報を知ろうとする行為を罰しようとする法が制定されようとしているのである。

高田氏は、メディアが政府の発表報道に重点を置いている状況では、秘密保全法は私たち自身を管理するものとして現れるのではないか、という視点をある映画を例に提起された。秘密保全法が制定されることによって、「国家の安全」や「国家の秘密」というキーワードが無批判に受け入れられる素地を国民の間につくる。世の中のいろいろなものをコントロールしようとする権力者は、「安全」や「秘密」をキーワードに人々を管理し、真実を知ろうとすることを人々にタブー視させるのだ、と。そして、お二人の対談は北海道警の裏金の告発と報道の舞台裏にすすんでいく。権力は都合の悪い情報が出てくるとまず否定し、否定が崩れたら言い訳をする、言い訳をしながら犯人捜しをする−北海道警裏金事件の経過を例にした高田氏の説明だ。原田さんは告発をするときに危険を感じましたか?という私の問いに対して、「私は身柄はとられないと思った」−対する高田氏「それは原田さんが幹部だったからでしょう」「秘密保全法が出てくれば、原田さんも危ない」。では、秘密保全法ができてからの社会はどうなるか。

原田氏は、公共の安全を理由に非公開だ、という警察の説明は嘘だ。警察はコンピューター監視法や監視カメラ、通信傍受の拡大と秘密保全法をセットで国民を管理することを目的にしていると訴える。原田氏の発言を受けた高田氏は、秘密保全法が用意する適性評価制度は組織を管理する道具になると指摘する。特別秘密にアクセスできる側とできない側と。その壁を前提として密告が奨励されるような社会になる。社会が完全に分断されるのだ、と。最後に「皆さんが考える事でしょう」というおしかりを覚悟して行った、私たちは何をしたらいいかという司会者として最低の質問に対して高田氏は、本気で秘密保全法の制定に反対するのであれば、秘密保全法を作りたい側の代表者と弁護士会の代表者が本気で討論をし、インターネットでそれを全国に配信する位でないとダメじゃないか、と檄をとばしてくださった。そうだ。問われているのは私たちの覚悟なのだ。ありがとうございます。よーし、出てやろうじゃないか、討論会。