会報「SOPHIA」 平成25年3月号より

取調べの可視化市民集会

「無実の人がなぜ自白してしまうのか? 

−取調べを受けた人の心理−」

取調べの可視化実現本部 委員

黒 岩 千 晶

3月16日、ウインク愛知にて、多くの市民参加のもと「取調べの可視化市民集会」が開催された。今回の市民集会は、第1部で布川事件(茨城県布川で起きた強盗殺人事件:2名が無実の罪で29年間身体拘束を受けた)での冤罪被害者である桜井昌司さんの講演と、虚偽自白をしてしまう心理について心理学者である大谷大学の脇坂洋教授による講演、第2部で虚偽自白についてのパネルディスカッションを行い、取調べの全面可視化の必要性について考えた。

会場では、桜井さんの取調べの様子を録音したテープが流され、やってもいない事件について桜井さんがスラスラ答えていく様子が音声を通じて明らかにされた。誰しも疑問に思うことだが、なぜやってもいないことを「自分がやった」と言ってしまうのか、さらには、なぜやってもいないのに犯行状況等を詳細に語ることができるのか、これらの点について、桜井さんの体験談をもとにその心理状況等が語られた。

まず、長時間にわたる取調べが苦しくて、その状況を抜け出したいという心理、捜査官が嘘を付くとは想像だにせず、警察官からアリバイを否定されたことで記憶がより不鮮明になり精神的に脆くなってしまった心境、誰も自分の言うことを信じてくれない絶望感、いま虚偽自白をしても、いずれ裁判になってきちんと事実関係を調べればおのずと真実が明らかになり嫌疑は晴れるであろうという期待感、こういったことが相まって虚偽自白に陥ったという。

次に、知りもしない犯行を語ることができるのは、捜査官が与えるヒントを頼りに、自分で想像しながら正解(実際の犯行状況等)を探り当てつつ話していき、正解になれば次の質問に移るという方法で取調べは行われていくため、誰でもやっていない犯行の自白調書を作ることは可能だという。桜井さんによれば、取調べが進むにつれて「次はどんなんだろう、もっと知りたい」という心理になって質問にズンズン答えていったという。

さらに、事件を通じて、捜査官は嘘を付くということ、一般市民には信じ難いことかもしれないが、一度犯人と決め付けた者を犯人とするためであれば、何をしても許されるという発想、自分たちが正義であると疑わないことから生じる捜査官の無反省、こういったことが更なる冤罪を生むのであろうことがわかった、と指摘された。桜井さんの語り口は笑いを交えて軽快だが、話の内容はどれも重く、考えさせられることばかりであった。仮に、取調べ過程の全面可視化が行われていたならば、布川事件は起訴すらされない事案だったに違いない。最後に、桜井さんが「取調べの一部を録画するという捜査機関の案は、可視化とは言わず、一部録画に過ぎない。取調べの可視化というならば全過程録画以外にありえない」と訴えていたのが印象的であった。

PC遠隔操作事件でも明らかなように、軽犯罪ほど冤罪は起こりやすく(同事件では、逮捕者4人のうち2人が虚偽自白をしていた)、罰金や執行猶予事案を含めれば、我が国の冤罪はどれほど起きているのか、実態は想像を遥かに超える数なのかもしれない。

冤罪は、人の心や人格を踏みにじる国家が引き起こす重罪である。冤罪をなくすために1日も早い全件全過程の録画による可視化を実現したい。