会報「SOPHIA」 平成24年11月号より

死刑廃止を考える日シンポジウム

〜殺された母、そして死刑囚の父へ〜

 

人権擁護委員会 委員
杉 本 みさ紀


11月10日午後1時より、当会会館5階ホールにて、上記シンポジウムが開催され、会員・市民あわせ約80名が参加した。


開会挨拶で村上満宏副会長が、従来の「死刑を考える日」を「死刑廃止を考える日」とした意義を述べた。


第1部は、大山寛人氏の講演。

大山氏は母を殺された犯罪被害者遺族。殺した人は大山氏の父で、保険金殺人として死刑が確定しており、犯罪加害者親族でもある。小学5年で母を亡くし、中学2年のとき父が逮捕された。家族想いの優しい父の裏切りに衝撃を受け、激しく憎み、死を望んだ。一審の死刑判決の後、真実を知ろうと父と面会し、父の涙の告白、やつれた姿にふれ、「許す」ことはできないが、「生きて償ってほしい」と心境が変化。控訴審では死刑の回避を訴えた。丁寧な語り口で「死刑を望まない被害者遺族もいることを知って欲しい」と語った。


第2部は、大山氏、原田正治氏、中京大学大学院法学研究科長の平川宗信氏をパネリストに迎えてのパネルディスカッション。コーディネーターは小林修会員がつとめた。

原田氏は弟を殺害された犯罪被害者遺族。当初は極刑を望んだが、面会を重ねるなかで生きて償うことを求めるようになった。大山氏と共通するこの心境の変化について、平川氏は、時の経過によるものでなく、人間の心の本来的な矛盾であると分析。ある被害者アンケートでは、9割が「関わりたくない」「憎い」という感情を持ちつつ、同時に6割が「立ち直って欲しい」と回答しており、「許さない」という心情と「死刑を望むか、生きて償うことを望むか」は別問題であると述べた。


大山氏や原田氏のように死刑を望まない被害者遺族がいるにもかかわらず、「被害者感情を考慮すれば、死刑を存続すべきである」という論調があることについて、平川氏は、「被害者は加害者を恨み、死を望むのが当然で、それが正義」と決めつけ、自らもそう望むことで正義の味方になったように思い込む自己正当化である。死刑は国家のための制度であるにもかかわらず、被害者のためと言うことで正義の側に立つと見せるのであり、国家が被害者感情を収奪し、メディアもそれに乗っていると分析。被害者のことを考えるなら、生活や精神面の支援をすべきだが、民間も含め不十分だと指摘した。

また、死刑が凶悪事件の真相解明や再発防止の障害になるかについて、原田氏は、事件の真相に「疑問が残っている」と語った。平川氏は、「日本は検証という考えが足りない。事件の背景を考えようとせず、誰かを悪者にして、死刑にし、排除し、それでよしとする文化に支えられている」と述べた。

「償う」とはとの問いに、「反省し、できることを真摯にすること」(原田氏)、「償うことはできない。生き続け、反省し続けること」(大山氏)という言葉の重さ。平川氏は、「被害者や社会からの問いに答え続けることが、ある意味の償い。死んでしまえば、答えられない。抹殺しないのは、同じ人間として見ることであり、死刑は人権問題である」と述べた。

閉会挨拶で纐纈和義会長が、日弁連の「罪を犯した人の社会的復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」を紹介し、充実した3時間半を締めくくった。