当会における弁護修習の現状と課題
司法修習委員会 委員長 木 下 芳 宣
平成18年から新司法修習が始まり7年目に入った。前期修習は撤廃され、初年度こそ約2週間の導入修習が実施されたが、その後は修習開始直後から実務庁に配属され、分野別実務修習がスタートする状態が続いている。民事裁判、刑事裁判、検察、弁護すべてにおいて実務修習を受けることは変わっていないが、期間はそれぞれ2か月となった。分野別実務修習終了後は選択型実務修習を受け、司法研修所における合同修習を経て、二回試験という修習内容へと変わった。新司法試験合格者増により名古屋修習の人数は100人近くに増加した。
司法修習の目的が、高い識見と円満な常識を養うこと、法律に関する理論と実務を身につけること、各法曹にふさわしい品位と能力・基本的なスキルとマインドを備えることであることには変わりない。また、弁護修習の本質が指導弁護士による個別修習にあり、当委員会の行う合同修習はこれを補完するものということにも変わりはない。
当会における弁護修習の現状と課題を率直に述べたい。
- 1 前期修習を経ていないことの影響
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生きた事件の事実関係をいかに把握し、いかに判断するかということに関する修習こそ修習の中核をなすものとされている。前期修習では、起案と講評を通じて、書式の理解や法律的知識の修得だけでなく、生きた事件への対応の仕方を事前学習していた。例えば民事事件では、事実関係を理解して事件の筋を把握し、立証命題と証拠の関係を検討し、解決への見通しをもって事件にあたること、また、生の事実を法律構成する手法などを学習した。これらに加え、説得的な表現力でもって書面を作成することが起案であった。同様に、刑事事件でも生きた事件について事前学習し、実務修習に臨んでいた。
新修習では前期修習を経ないため、生きた事件に対する感覚が欠如または不足した状態で実務修習に入ってくる。ほとんどの法科大学院では生きた事件への対応までは履修させていない。生きた事件について学習する機会のない修習生に、どのような弁護修習をしてもらうことが修習の実があがるのかが課題となった。また、指導弁護士にもこれを理解してもらった上で指導して頂く必要があった。
そこで、個別の弁護修習に入る前に、冒頭修習を実施し、民事事件においては起案(訴状又は答弁書)と講評を、刑事事件においては講義と具体的事件に関する経験談などを修習生に学習させている。冒頭修習に加え修習生へは弁護修習にあたっての要点を書面化して配布し、指導弁護士へは法科大学院での履修内容の概要と個別指導にあたっての当委員会からの要望を書面化して配布し、これから直面する生きた事件への対応ができるように努めている。しかし、不十分であることは否めない。特に第1、第2クールでは生きた事件に慣れていないために、修習内容が表面的な部分に留まってしまう傾向があった。
当委員会は二つの方向性を示唆するようにした。一つは、他の分野別修習の内容との連携の観点である。他庁での実務修習を意欲的に履修しなければならないことは当然であるが、裁判修習、検察修習の際に少しでもいいから自分が当該弁護士だったらどう考え、どのように対処するかといったことを意識して臨むように求めた。逆に弁護修習においても、自分が裁判官、検察官の立場であったらと意識して臨むことを伝えた。分野別修習全体において、生きた事件に相対するのであるから、弁護士としての実務的知識・技法を鍛える機会を活かすように勧めた。
二つ目は、司法研修所における集合教育との連携の観点である。実務修習中に司法研修所教官は各実務庁へ出張し、民事弁護1回、刑事弁護2回の出張講義を行う。その機会に当委員会との意見交換を実施している。司法研修所教官の要望は、弁護実務修習では合同修習で行うことができない実際の事件での体験を積ませてほしいとのことであった。数少ない事件であっても修習生が真剣に取り組み、指導弁護士との意見交換などを経て、実務家としての体験をすることは、弁護修習の本質である。体験を深め、経験値を上げるために指導弁護士との間の意見交換を積極的にすることを勧めた。指導弁護士には研修所教官との意見交換のポイントを示して対応をお願いした。当該事件の表面化した事実関係のみならず、事件発生の経緯その他事実関係とこれに関する法律的見解などについての深い意見交換がなされることによって、見識が深まるのであり、生きた事件を把握し、判断していく学習が深まると考えている。
- 2 弁護士としてのマインドの養成
- 指導弁護士のもとでの個別修習において、弁護士としてのマインドが養成されるものであることは従前と変わりない。ただ、2か月という期間でマインドを伝えることは至難の業といってよい。これを補完するために、たとえば弁倫合宿の懇親の際などに積極的に多くの弁護士と会話することを修習生に勧め、司法修習委員も胸襟を開いて語り合うように努めている。修習生と面と向かって意見を交わすことは、法曹のマインドを養成するために必要なことだと考えている。2か月ごとに入れ替わる多数の修習生に対応しなければならないが、個々の修習生が弁護士と直接に相対することによって獲得される過程を重視している。大量合格は、修習生に対する認識の画一化、平準化を修習委員にもたらしてしまう。修習生の一人一人を養成する意識を強く持たなければならなくなった。
- 3 調整役としての司法修習委員会
- 当委員会には、チューター制度が設けられている。司法修習委員3名程度が、修習生6名程度のチューターとして担当する。個別修習における諸問題への対応と就職関連の情報交換などが役割である。実務修習開始早々に指導弁護士と修習生との顔合わせ会を企画し、就職情報の聴取などをしている。
- 4 修習の履修内容と統一修習
- 2か月という各分野別の修習期間、選択型修習と合同修習の併せて1年間という修習では、消化不足の状態で終了していくことが多い。オンザジョブトレーニングが必要になってくる。しかし、この状態が続くと、旧修習では修習生として学習していた内容を法曹になってから行うことになり、事実上、分離修習への移行が始まる。就職難の状況も修習生に各自の希望する法曹に関する修習を強く求める傾向をもたらし、この問題に拍車をかけている。 司法修習は、広く法曹を養成するという制度であって、司法試験合格後のいわば白紙の状態において、各自の進路如何にかかわらず裁判官、検察官及び弁護士の全てについて修習することによって、法曹全体への理解を深めることを目的としている。法曹全体への理解を深めることで、より良き法曹として、社会全体への貢献ができると解している。当委員会は、一方では志望する法曹になるための専門知識や技法を身に付けてもらいたいと願いつつ、他方では、法曹全体への理解を深めることができるよう努めている。
- 5 司法改革のしわ寄せともいうべき課題が司法修習に押し寄せている。現制度の中で次世代を担う法曹を養成するという責務を果たすべく苦闘している弁護修習である。