子どもの事件の現場から(111)
土壇場で逆転満塁サヨナラ
会員 山 田 麻 登
1 幼い頃から運動能力抜群、甲子園を目指して野球に打ち込み、将来を嘱望されていた少年が、まだ小学生のときに利き腕の肘を壊してしまう。幾度かの手術を経るも、もはや元のようなプレーは叶わず、中学で野球を断念。定時制高校に進むも中退、お決まりの不良交遊が始まり暴走族に加入…という、まるで何かの漫画の様な挫折を経た少年の事件を担当した。
2 事件は傷害、脱退を希望したメンバーへの制裁である。他の少年も加わったが、主として暴行を加えたのは、当時総長代理としてトップの座にあった彼であった。総長ら主立った幹部が集団暴走で大量に送致され少年院に入っていた時期で、唯一残った幹部である彼が成り行き上チームを率いていたのだ。
彼が残っていたことには実は理由があった。バリバリ族仕様の改造バイクに乗り、総長のツレということで幹部に収まっていた彼であったが、「くだらないことで警察に捕まるのはバカらしい」という、実にクレバーな判断により、加入後徹底して集団暴走行為には参加せずにいたのである。その甲斐あって、暴走族幹部でありながら、警察には全くお世話にならずに済んできた。3 しかし、これまでは暴走族の“ヤバい”部分からは巧妙に逃げ回ってきていたのに、いざトップとなった彼は妙に真面目であった。「いやしくも暴走族たるもの、足抜けの際には制裁を加えられるのが筋」という彼らの論理に忠実であった。元はといえば、筋金入りの野球少年、チームを引っ張る立場に置かれた者が振る舞うべき姿勢は肌身で知っていた。そして、トップとしての「責任」を果たすべく、彼は脱退を希望していたメンバーに暴行を加え、怪我を負わせてしまったのである。
4 当初被疑者国選で就き、警察署の接見室で会った彼は、何か達観したような顔をしていた。最初のうちは自分一人で全てやったと他の共犯少年をかばっていたとのこと。逮捕を予期し、迷惑がかかるからと仕事も予め辞めてきていた。本件は全て自分の責任、少年院なら少年院で仕方ない、仲間との縁は切れないと言う。しかし、その潔すぎる態度は、まるで格好いいヤンキー漫画の主人公を演じているかのようで、どこか他人事と捉えているような印象を受けた。
5 調査官意見は少年院送致。迷ったあげく、その事を彼に告げ、本当の本当に少年院でいいのかと尋ねた。彼の顔がちょっと変わり、「やっぱり少年院はいやです。家に帰りたい」と恥ずかしそうに答えた。審判3日前にして、ようやく素顔を見せてくれた気がした。「今は、野球に喩えたら9回裏で0−3、圧倒的不利だけどまだ試合は終わってない。満塁に持ち込んでホームラン打ったら4−3でサヨナラだ」こちらも負けずに恥ずかしい台詞を吐いた。君が変わったのなら、それを態度で言葉で示せ。ここで逆転できるか、これは君にとっての試合なのだと。附添人の意見は試験観察で出した。
6 審判当日。彼は、必死に、カッコ悪く、少年院には行きたくないです、暴走族とは縁を切りますと訴え続けた。調査官が「先週に比べて君の顔が全然変わったのがわかる。この1週間で何があった?」と聞いてくれたとき、何となく逆転の予感がした。さらに「仕事はどうするの」と調査官。おやおや、これは家に帰る前提の質問ではないか。ベースは埋まってきた。さあ勝負。
7 審判結果は、試験観察どころか保護観察だった。彼、ちょっと泣いた。握手。土壇場で逆転満塁ホームラン打てたんだ。カッコ悪くなんてないよ。胸張って帰ろうぜ。
でもって、もうこんなことはサヨナラな。