会報「SOPHIA」 平成24年4月号より

院内集会「当事者の声を反映した共生社会を

実現する法の制定を目指して」開催報告



 

会員 田 中 伸 明(61期)

1 本院内集会開催の趣旨

平成24年4月13日11時〜14時の日程で、衆議院第一議員会館多目的ホールにおいて、日本弁護士連合会の主催により、「当事者の声を反映した共生社会を実現する法の制定を目指して」とのテーマで、院内集会が開催された。当日は約200名の出席者があり、6名の国会議員の参加、5名の秘書の参加があった。

この院内集会は、平成24年3月13日に国会に上程された「障害者総合支援法」案に対して、障がい者制度改革推進会議総合福祉部会が平成23年8月30日に取りまとめた障害者総合福祉法(仮称)制定に向けての「骨格提言」を尊重した内容とするよう求めるために開催されたものである。


2 障害者総合支援法案の国会上程までの経緯
(1)障害者自立支援法の問題点

平成18年4月より、障害者自立支援法が施行された。この法律では、障害者が必要な支援を受ける場合の費用負担について、従来採用されていた「応能負担」制度(障害者世帯の収入状況に応じて負担額を定める制度)ではなく、「応益負担」制度(障害者世帯の収入状況を考慮せず、提供された支援にかかった費用の1割を定率で障害者に負担させる制度)が導入された。この応益負担制度の導入により、日常生活または社会生活を送る上で多くの支援を必要とする重い障害を持つ者は、生きていくために多額の負担を強いられることとなり、その負担は家計に重くのしかかることとなった。その結果、全国で障害者家族の心中事件が多数発生する事態となり、応益負担制度の抱える矛盾は、社会問題となっていった。このような事態を打開するため、応益負担制度の廃止を目指し、全国13地裁において、自立支援法応益負担制度違憲訴訟が提起された。


(2)新法制定に向けての国との基本合意

その後、政権が自民党から民主党に移ったこともあり、国の考え方が変化した。平成22年1月7日、国と原告・訴訟団とは基本合意文書を取り交わし、各地で提起されていた違憲訴訟は、この基本合意文書を内容とする訴訟上の和解により終了することとなった。この基本合意文書の内容として、障害者自立支援法を廃止し、平成25年8月までに新法を施行するとの内容が盛り込まれた。これを受け、新法となる「障害者総合福祉法(仮称)」制定に向けて設置されたのが総合福祉部会である。同部会は、平成22年4月に設置され、障害当事者、支援団体など55名で構成された。その後、18回の部会における議論を経て、平成23年8月30日に取りまとめられたのが障害者総合福祉法(仮称)制定に向けての「骨格提言」である。この「骨格提言」は、応益負担を廃止することの他、「障害」の定義規定として谷間を生じない包括規定とすること、障害程度区分を撤廃し、障害者のニーズに応じた柔軟な支援を提供することなどが内容とされ、平成18年12月13日に国連で採択された障害者権利条約を日本が批准するための国内法整備の一環としての役割を担い得る内容となっていた。


(3)厚生労働省からの法案提示

このようにして取りまとめられた「骨格提言」に沿って、新法の内容が定められるものと期待されていたが、平成24年2月8日に第19回総合福祉部会が開催され、その場で厚生労働省から今通常国会に提出されるものとして提示された法案の骨子の内容は、現行の障害者自立支援法の4箇条を改正するに留まり、「骨格提言」の内容からはかけ離れたものであった。そこで、「骨格提言」を尊重した内容とするよう求めるため、本院内集会が開催されることとなったのである。


3 基調講演

まず、東京大学先端科学技術研究センターバリアフリー分野教授福島智氏により、基調講演が行われた。同氏は視覚と聴覚に障害を持ちながら、バリアフリー分野で研究者として活躍されている。同氏は、昨今の障害者制度改革について、障害者を保護の客体から権利の主体へとのテーマのもとに改革が進められたが、市場原理に組み込まれ、障害者を福祉サービスを購入する主体として捉えられてしまったこと、障害者も基本的人権の享有主体でありながら、実際に障害者の人権が保障されるためには、障害者自身が出費を強いられてしまう仕組みは間違っていること、障害によっては、歩道を歩くにも、人と会話するにも支援が必要であり、その支援に障害者自身が費用を払うということは、歩道通行税、コミュニケーション税などをとられているようなものであること、特に生命を守るために支援が必要な障害者が、支援を得るために出費を強いられることは不合理であることなど、現行制度の問題点を鋭く指摘された。

また、障害者が社会で生きることの内実について、「人が生きるということは、ただ生物学的な生存だけを意味するのではなく、他者と接し、意見を交換し、文化的に生きるということを意味するものである。障害者にとっても、そのような生活を営むことを考える必要がある。」と、意義深い指摘もなされた。



4 パネルディスカッション

次に、大阪弁護士会辻川圭乃弁護士のコーディネートにより、パネルディスカッションが行われた。パネリストは以下の3名である。


(1)まず、明治学院大学教授茨木尚子氏である。同氏は総合福祉部会の副部会長を務めるとともに、選択と決定(支給決定)を検討する作業チームの座長を務められた。同氏は、障害程度区分の見直しを3年後を目途に行うとされたことについて、「骨格提言」で示した内容を尊重した検討を行うよう求めた。

(2)次に、JDF(日本障害フォーラム)政策委員長であり、総合福祉部会では地域生活支援事業の見直しと自治体の役割を検討する作業チーム、地域生活の資源整備を検討する作業チームの座長を勤められた森祐司氏である。同氏は、JDFが作成した新法実施の行程表を示し、今後検討すべき重要な課題を指摘された。

(3)また、私も、日本盲人会連合からの選出で総合福祉部会委員を拝命し、同部会では「障害」の範囲を検討する作業チーム、利用者負担を検討する作業チームの座長を務めた関係で、意見を述べた。今回提示された法案における「障害」の定義規定では、規定から漏れ落ちる障害者が生じること、障害者基本法の定義規定とは異なり、障害者が日常生活または社会生活を送る上で制限を受ける原因として「社会的障壁」が明記されなかったことなどの問題点を指摘した。



5 日本弁護士連合会人権大会決議(平成23 年10月7日、香川県高松市)

また、コーディネーターである辻川圭乃弁護士から、日弁連人権擁護大会決議として採択された「障害者自立支援法を確実に廃止し、障がいのある当事者の意見を最大限尊重し、その権利を保障する総合的な福祉法の制定を求める決議」の説明があり、併せて、障害者の人権保障を重視している日弁連の考え方が説明された。


6 結び

今回国会に上程された「障害者総合支援法」案は障害者自立支援法から名称は変更されているものの、実質的には同法の改正法に留まる内容のものであり、「骨格提言」からはかけ離れた内容となっている。今後の制度改革には、障害当事者と関係団体の粘り強い運動が必要である。今後、国会において、十分な審議がなされ、障害者が一人の人間として尊重される制度となることを願う次第である。