業種別・独占禁止法の留意点(10)
製造業等におけるライセンス契約
研修センター運営委員会
法律研究部経済法チーム
チーム員 宮 田 智 弘
製造業等では、自ら開発した技術を自己利用するのみでなく、第三者に利用させる目的でライセンス契約を締結する場面があります。
このような技術が知的財産として保護される場合には、各種法律において排他的利用権が認められており、独禁法も、第21条において、「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」として、知的財産権の権利の行使と認められる場合には独禁法を適用しないことにより、知的財産権の保護を図っています。
本稿では、公正取引委員会が提示しているガイドライン「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(以下、「知的財産ガイドライン」といいます)をもとに、製造業等でよく行われる、技術に関するライセンス契約を中心として、知的財産権の行使が不公正な取引方法として問題となる場合を検討します。
2 ライセンス契約と独禁法
知的財産権による技術利用の制限行為は多岐にわたります。知的財産ガイドラインでは、行為の類型を、便宜上、@技術を利用させないようにする行為、A技術の利用範囲を制限する行為、B技術の利用に関し制限を課す行為、Cその他の制限を課す行為に分けています。
(1)技術を利用させないようにする行為
技術の権利者が、他の事業者に対して当該技術をライセンスしないことや、当該技術を利用する者に対して差止請求を行うことなどは、一般的には知的財産権の権利行使と認められ、独禁法は適用されません。
もっとも、ライセンスの拒絶が知的財産権の権利行使と認められない場合もあります(一般指定第2項、第4項、第14項)。知的財産ガイドライン第4・2では、ライセンス拒絶が知的財産権の権利行使と認められない場合として、@(競争者の事業活動の妨害のために)代替困難な技術の権利者から権利を取得したうえで、自己の競争者であるライセンシーに対してライセンスを拒絶すること、Aライセンス条件を偽るなどの不当な手段によって自己の技術を利用させたうえで、他の技術への切り替えが困難となった後にライセンスを拒絶すること(自ら不当に権利侵害状況を作出した場合)等を挙げています。
(2)技術の利用範囲を制限する行為
技術の利用範囲を制限する行為としては、@権利の利用範囲・利用時期を制限する場合、Aライセンス技術により製造される製品(以下、単に「製品」という)の製造地域の制限、B製品の製造量の制限等が該当します(知的財産ガイドライン第4・3)。
このうち、製品の製造量を制限する行為については、製造量の下限を設定する場合と上限を設定する場合で考え方が異なっています。下限設定については、他の技術の利用を排除することにならない限り、原則として不公正な取引方法に該当しないとされています。他方、上限設定については、市場全体の供給量を制限する効果がある場合には、拘束条件付取引(一般指定第12項)に該当する場合があります。この点、ライセンス契約においてマンホール鉄蓋の製造量の上限設定をしたところ、ライセンシーが上限数量を超えてマンホール鉄蓋を製造したとする損害賠償請求において、ライセンシーが製造量の上限設定を独禁法違反と主張した事案があります(大阪地判平18・1・16判時1947・108)。裁判所は、結論としては独禁法違反を認定していませんが、「支配的地位を背景にして許諾数量の制限を通じて市場における需給調整を行う場合には、特許権等の行使に名を藉りた濫用的な競争制限行為になり得る余地がある」として、製品の製造量の上限設定が独禁法違反となる場合があることを判示しています。
また、権利の利用に関し、平成23年1月29日になされた事業協同組合群馬県GBX工業会に対する警告事例では、同工業会が管理するGBX側溝に関する知的財産権の実施許諾にあたり、組合員であることを条件とした上で、実施許諾の範囲を、同工業会を介した取引に限定したことなどが、独禁法第8条第1号(事業者団体に対する規制)に該当するおそれがあるとしています。
(3)技術の利用に関し制限を課す行為
技術の利用に関し制限を課す行為に分類されるものとして、@原材料の品質又は購入先の制限、A製品の販売先の制限、B製品の販売価格の制限等があります(知的財産ガイドライン第4・4)。
このうち、原材料の品質又は購入先の制限については、当該技術の機能・効用の保証、安全性の確保、秘密漏洩の防止の観点から必要であるなど一定の合理性が認められる限度を超える場合には、知的財産権の権利の行使と認められない場合があります(一般指定第10項、第11項、第12項)。
他方、ライセンサーの指定する業者のみに販売させるなど、製品の販売先を制限する行為は、ライセンス技術の機能・効用の保証等の観点から合理性を有する制限とはいえないため、知的財産権の行使と認められない場合があります(一般指定第2項、第11項、第12項)。この点は、知的財産ガイドライン以外に、流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針にも規定されています。
さらに、ライセンサーがライセンシーに対して、製品の販売価格又は再販売価格を制限する行為は、価格制限効果を持ち、流通業者の競争手段に制約を加えることとなるため、原則として拘束条件付取引(一般指定第12項)に該当することとなります。
(4)その他の制限を課す行為
上記以外の制限を課す行為として、@一括ライセンス(ライセンシーが求める技術以外の技術についても一括してライセンスすること)、A非係争義務(ライセンシーが、その有する権利をライセンサー等に行使しない義務)、Bアサインバック(改良技術に関する権利をライセンサー等に帰属させること)・グラントバック(改良技術についてライセンサー等に実施権を設定すること)などが挙げられます(知的財産ガイドライン第4・5)。これらの行為は、技術の選択が制限されたり、新たな技術開発が制限されたりするなど、技術市場又は製品市場における競争を減殺するおそれがあり、知的財産権の権利の行使と認められない場合があります。
例えば、一括ライセンスは、技術の効用を発揮させるうえで必要でない場合又は必要な範囲を超えた技術のライセンスが義務付けられる場合には、独禁法違反となる可能性があることを示しています(一般指定第10項、第12項)。
また、非係争義務について、マイクロソフト事件(審判審決平20・9・16)では、パソコンのOSに関するOEM販売契約において、OEM業者が特許権侵害を理由にライセンサー又は他のライセンシー等に対して訴えを提起しないことを誓約する規定を設けていたことについて、拘束条件付取引(一般指定第12項)に該当するとしています。
さらに、アサインバックや独占的グラントバック(グラントバックの内、ライセンシーは権利を実施しないもの)は、ライセンサーの技術市場又は製品市場における地位を強化し、ライセンシーの研究開発意欲を損なうものとして、競争制限効果が著しいため、原則として拘束条件付取引(一般指定第12項)に該当することとなります。