会報「SOPHIA」 平成23年12月号より

ためになる実務 秘密保全法案


司法制度調査委員会 委員

 

櫻 井 博 太


第1 秘密保全法案提出の経過
1 政府は仮称「秘密保全法案」を通常国会に提出する方針を固めた(本稿が出る頃は提出後であろう)。
事の起こりは、海上保安官によるビデオ流出事件に始まる。
事態を重く見た政府により、法案制定に向けて有識者会議が設置され、同会議は8月までに秘密保全法案の柱とも言うべき報告書を提出した。
2 報告書に対しては賛否様々な意見があり、反対意見の中にあっても、それぞれ立ち位置が異なるという百家争鳴の状態にある。
 本稿は、報告書に対する11月24日付の日弁連意見書に依拠しつつ、秘密保全法案に対して批判的検討を加えるものである。


第2 有識者会議報告の概要
1 立法の必要性(立法事実)

1 報告書は、秘密保全に関する日本の実情を指摘し(外国情報機関等による情報漏洩、政府保有情報が極めて短期間に世界規模で広がる、外国との情報共有に向けた秘密保全に関する法的基盤整備の必要性)、次いで、現行法体制の問題点に言及する(秘密管理に関する規定や罰則による抑止が不十分である点)。
 その上で、我が国を取り巻く厳しい国際情勢の下で国及び国民の利益を守るためには、政府による秘密保全を徹底することが極めて重要であると結論づける。
2 しかし、そこでいう「厳しい国際情勢」が何を指しているのか不明であるため、「極めて重要」とする結論が何を根拠に出てきたものなのかわからない。
報告書が前提としている日本の実情についても、根拠となる社会的事実については触れられていない。
仮に実情が報告書指摘の通りであったとしても、それがはたして、厳しい国際情勢といえるようなものなのだろうか甚だ疑問である。
 何よりも、報告書は、国民主権国家においては、国政の重要情報は国民に帰属するものである、という視点が欠如している。
昭和60年にいわゆる国家秘密法案(スパイ防止法案)が廃案となったことは記憶に新しいが、その際、日弁連が「国家秘密よりも情報公開を」という方針を掲げたことは銘記されるべきであろう。


2 秘密の範囲
1〔事項〕報告書は、秘密情報の中でも国の存立に重要な情報を「特別秘密」に指定し、厳格な保全措置の対象とすべきであるとする。
具体的には、「国の安全」「外交」「公共の安全・秩序の維持」の3分野が特別秘密の対象とされている。
〔限定〕そして、特別秘密に該当しうる事項を別表等であらかじめ具体的に列挙した上で、高度の秘匿の必要性が認められる情報に限定することが適当である、としている。
〔主体〕加えて、報告書は、特別秘密の作成・取得主体について、国の行政機関や独立行政法人や地方公共団体はもとより、民間事業主や大学についても行政機関等から事業委託を受ける場合は民間事業主等が作成・取得する情報も特別秘密に該当しうるとしている。
2 しかし、特別秘密の概念は過度に広汎で、不明確であるとの誹りを免れない。
たとえば、対象事項とされる「公共の安全・秩序の維持」ひとつ取り上げても、その内実は抽象的で曖昧である。
また、限定列挙と言ってみても、現行自衛隊法別表4のように、当該分野にかかる情報をほぼ網羅するような別表では限定機能が全く果たされない。


3 秘密の管理
1〔指定〕報告書は、特別秘密の対象とするためには指定行為が必要であるとする。
〔人的管理〕次いで、特別秘密を保全するために特別秘密を取り扱う者(対象者)自体の管理を徹底することが必要であるという。
そして、秘密情報を取り扱わせようとする者について、日頃の行いや取り巻く環境を調査し、対象者が秘密情報を取り扱う適性を有するかを判断する制度を導入しようとしている(適性評価制度)。
そのための調査事項としては、人定事項、学歴や職歴、国益を害する活動への関与、外国への渡航歴、犯罪歴、懲戒処分歴、信用状態、薬物・アルコールの影響、精神の問題に係る通院歴、といったものが挙げられている。
さらには、対象者の配偶者のように対象者の身近にあってその行動に影響を与える者についても、人定事項、信用状態や外国への渡航歴等の事項を調査することが考えられている。
2 このように、適性評価のための調査は対象者のプライバシーに関わる事項に及ぶため、調査にあたり対象者の同意が必要であるが、そのための具体的方策は検討が極めて不十分である。
対象者の配偶者等に対する調査におけるプライバシー保護については、何ら検討されていないのが実情である。
 また、適性評価は特別秘密の取扱者から、秘密漏洩のおそれのある者を除外する制度であるため、対象者のみならず配偶者等が、一定の思想・信条や国籍等を有していること自体をもって、特別秘密の取扱者から除外されるという差別的取扱いがなされかねない。
その結果、対象者の地位に重大な不利益が生じるおそれもある。しかし、そのための司法的救済措置は全く講じられていない。


4 罰則
1 報告書は、特別秘密の漏洩を防ぐには、その保全状態を保護することが効果的であるとして、特別秘密の故意の漏洩行為、過失の漏洩行為、特定取得行為、未遂行為、共謀行為、独立教唆行為、扇動行為をそれぞれ処罰するものとしている。
2 しかし、特別秘密の要件自体が、過度に広汎かつ不明確なことに加えて、過失による漏洩行為、共謀行為、独立教唆行為、扇動行為などはその構成要件(外延)が極めて曖昧である。
そもそも、共謀行為や独立教唆行為を処罰することは、犯罪実行がないにもかかわらず処罰をするものであり、近代刑法の原則に逆らうものである。
 また、それにより、国民の表現活動が必要以上に萎縮されるおそれがある。
これらの問題点は国民の基本的自由そのものを侵害するものであり、看過することはできない。


5 付言
1 ところで、近時、報告書とは全く畑違いと思われる不正競争防止法において、営業秘密侵害罪に係る刑事訴訟手続に関して、憂慮すべき改正がなされている(平成23年法律第62号)。
 その一部を紹介すると、裁判所は被害者等の申出に応じて営業秘密の内容を公開の法廷で明らかにしない旨の決定(秘匿決定)をすることができ(不正競争防止法23条)、秘匿決定をした場合、一定の要件が認められるときは、公判期日外において証人等の尋問又は被告人質問をすることができる(同法25条)というのである。
いずれも、深刻な改正であるにもかかわらず、営業秘密の保護という一言で十分な議論もなされないまま法改正がなされてしまっている。
2 この流れは、立法過程の在り方に影響を及ぼすおそれがあり、秘密保全法案においても、特別秘密の保護というマジックワードで、同様の法案が提出されるかもしれない。
 そうなると、もはや司法による適性手続の実現は適わなくなることは火を見るよりも明らかである。
 今後の動きを注視せねばならない。