会報「SOPHIA」 平成23年4月号より

第4回全国支部問題シンポジウム開催される



弁護士任官等司法改革推進特別委員会 委員
渡 邊 一 平(47期)

  1. さて、いきなりクイズです。

    @医師のいない病院、
    A消防士のいない消防署、
    B裁判官のいない裁判所、

    この三つの施設の内、実際に存在するものはどれでしょうか?

    皆様にはすぐわかると思いますが、正解はBです。
    裁判官が常時いるわけではない支部(非常勤支部)が全国で48ヶ所もあり、中には月に数回しか裁判が開けない支部もあり、その支部地域で暮らす住民にとって、裁判所の利用が非常に不便になっています。

  2. 平成23年3月1日、第4回全国支部問題シンポジウムが日弁連で開催されました。

    本庁所在地以外の地域で暮らす市民にとって、支部は最も身近にある裁判所と言えます。

    本庁も裁判官が不足していますが、支部ではより一層裁判官が不足しており、裁判官1人当たりの担当事件数が多すぎる、期日が決まりにくい、判決言渡しの延期が相次ぐなどの問題が指摘されています。また、支部は待合室が不足していて、事件の相手方と鉢合わせしてしまう、交通の便が悪い、駐車場が足りないなど庁舎にも問題があります。しかも、支部では、行政訴訟、簡易裁判所の裁判に対する控訴は取り扱われず、労働審判と裁判員裁判もほとんどの支部では取り扱われません。その他にも取り扱われない事件は多く、そのために遠い本庁にわざわざ出向かざるを得ず、当事者の負担が大きく裁判所の利用をあきらめたという例も報告されています。このような、支部所在地に居住する市民の裁判を受ける権利が制約されている問題を検討すべく、これまで、全国支部問題シンポジウムが、過去3回行われて参りました。

  3. 今回のシンポジウムは、2部構成となっており、第1部では、労働審判と裁判員裁判の問題が検討され、第2部では支部問題について今後どのように運動を展開していくべきであるかという議論がなされました。
  4. 第1部 労働審判と裁判員裁判について

    今回のシンポジウムに先立ち、全国の支部会員約3000名にアンケートがなされました。その結果を踏まえながら支部での労働審判と裁判員裁判の実施の問題について検討がなされました。

    (1)労働審判について

    労働審判は平成18年より開始され、18年は、全国で887件、20年は2052件、22年は3357件と増え続けています。80%以上の解決率であり高評価を受けています。

    しかし、労働審判は、立川、小倉の2支部のみで行われており、他の支部では行われていません。そこで支部でも労働審判を行うべきか?とのアンケートでは、支部でも行うべきとの回答が314件、行わなくてもよいとの回答が61件でした。

    例えば、山口県の人口は149万人ですが、本庁地域の人口は32万人で22%に過ぎません。支部地域の労働審判を受ける権利を確保するためにも支部で実施すべきであるというアンケート結果が、圧倒的多数でした。

    反対意見(実施すべきでない)の理由としては、狭すぎる地域では、相手方と再び相まみえる可能性が高く、和解以外の解決は解決にならないからというものなどでした。


    (2)裁判員裁判について

    裁判員裁判は、岡崎支部など全国10の支部で現在実施されています。アンケートでは、合議事件が実施されている支部の会員の回答中、128件が行うべき、60件が行わなくてもよいという結果で、合議事件が実施されていない支部の会員の回答中、69件が行うべきであるとの回答であり、150件が行わなくてよいという回答でした。

    行うべきであるとの回答には、@支部会員にとって起訴後は身柄が早い段階で本庁管内に移されるため、接見、証拠の閲覧、公判前整理手続、実際の公判など諸手続のための移動が極めて過大な負担になっている、A裁判員にとっても負担が重い。例えば山口県の東端の岩国市の主婦が、県中央にある本庁所在地である山口地裁に通うのに、在来線を乗り継いで1日往復6時間もかかった。4日期日があったが、裁判と家事と往復とで疲弊しきり、裁判について落ち着いて考えられたか疑問が残ったとの報告もなされている、B支部で裁判員裁判が行われないと、経験ができずスキルに差が生じてしまう、などの理由が挙げられました。

    行わなくてもよいとの回答には、@弁護士、裁判所支部、検察庁支部に人的物的施設が整っていない、A支部で実施すると、裁判員と被告人がその時は無関係でも、いつか関係が生じる可能性が高い、などの理由が挙げられていました。

  5. 第2部 支部問題における今後の運動のあり方

    宇都宮日弁連会長からは、「平成13年に司法制度改革審議会の意見書が出て、約10年経過し、検証すべき時期に来ている。市民のための司法改革、とりわけ社会的・経済的弱者に光の当たる様な司法改革がなされてきているかどうか」「しかし、法曹人口に占める裁判官の割合は、昭和39年に17.6%、平成18年に9.7%、平成22年に8.4%と漸減している。」「執行部としても裁判官・検察官の増員、支部問題の充実を極めて重視している。」などの発言がなされました。

    そして、北海道の非常勤支部の一つである旭川地裁稚内支部(北海道には10もの非常勤支部が存在している。)では、稚内市で妻を代理してDV保護命令の申立てをしたところ、裁判官が来るのは月3日程度であるのに、別の公務も重なり、次の開廷が数か月先となったことから書記官に取下げを懇願され、やむを得ず取下げをした事例が報告されました。

    また、山口県の裁判官の手持ち事件数を県弁護士有志で調査したところ、岩国支部のある裁判官は、民事合議・単独、刑事合議・単独、法人・個人破産、再生、執行、保全、人事訴訟、少年事件、家事調停・審判を含めて合計2024件もの事件を受け持っていることが判明しました。これで本当に裁判官による裁判がなされているのか、この現状を裁判所の所長や最高裁は把握しているのか、といった指摘がなされました。

    更に、裁判員裁判実施支部とそうでない支部との間の支部間格差の問題、「乏しい司法予算」の下で裁判所を効率化させるという理由での支部の統廃合は、支部地域住民に対し、より不便さを与えています。

  6. 問題なのは、弁護士会としてこの問題にどう取り組んでいくべきかという点です。

    平成13年の司法審議会意見書において、「市民のための司法」と言われながら、支部問題については一言も触れられていません。そして、日弁連も本気で取り組んできたとは言い難い側面があります。

    しかし、予算の乏しさから効率化を求め、その結果、支部地域住民の裁判を受ける権利が阻害されてはならないことは当然です。

    裁判官を倍増させるという実現不可能な提言ではなく、現実的な提言をすべきであるという意見も出ました。地域の実情は地域が知っている。例えば岡山県福山支部で裁判員裁判が必要であるなら、それを具体的に数字を挙げて支部が示すべきである。そして、日弁連は各支部の具体的要望や不足する点の取りまとめをし継続的にフォローをすべきであるとの意見が出されました。

    支部問題には、国民の裁判を受ける権利及び住民自治の問題が凝縮されていることを実感しました。