会報「SOPHIA」 平成23年3月号より

市民シンポジウム



「取調べの可視化ー足利事件再審無罪判決確定を受けてー」開かれる


取調べの可視化実現本部 委員
野 田 裕 之


  1. 平成23年3月5日、標記シンポジウムが行われたので、内容を簡単に報告する。
  2. 足利事件の菅家利和さんと足利事件弁護人の泉澤章弁護士との対談により、足利事件の取調べの実態が明らかにされた。
     警察官は、ある日の朝、突然菅家さんの自宅に訪れ、有無を言わさず菅家さんを警察署に「任意同行」させた。警察署においては、夜10時過ぎに自白するまでの間、食事を除き取調べを実施し、家族とさえ連絡を一切取れない状況で「任意の」取調べがなされた。取調室においては、警察官は、菅家さんの言葉には全く耳を傾けず、大きな声で一方的に自白を迫り、さらには、菅家さんに対し数回の暴行をおこなったとのことであった。
     菅家さんは、こうした取調べを13時間以上も続けられ、ついには自白をしてしまう。
     菅家さんは、その後逮捕され、その日から取調べに対する恐怖感からきちんと「自白」できるよう、自分が「真犯人」だったらどうしたかを必死に考えて取調べに臨んだという。
     このように過酷な密室取調べの恐怖を避けるために、えん罪の被害者が、主体的に虚偽自白を作り出していた現実が衝撃的であった。
  3. 大谷大学教授脇中洋先生から「供述心理と取調べのあり方」の講演を頂いた。
     脇中先生からは、虚偽自白が生まれる要因として、個体内要因(取調べを受ける者の素因)、状況要因(取調べが行われている状況)及び関係要因(相手との対立関係を解消したいとの心理が働く)があると指摘された。
     次に、供述心理分析を行う方法としては、客観的な事実との整合性だけでなく、体験記憶に基づく供述であるか否かを判断することが大切であるとのことであった。こうした分析を行うためには、「何を問うたらどう答えたのか。」ということが全て明らかになる必要があるとのことであった。
     最後に、取調べ等の司法面接の方法として、聞き手の主観や見込みを排除することが必要であるとのことであった。
  4. 続いて、日弁連取調べの可視化実現本部副本部長小坂井久弁護士から、可視化を巡る現在の議論状況について、講義がなされた。
     取調べの全面的な可視化が実現すれば、調書の内容の正確性が客観的に判断できると、取調べの全面可視化の必要性を説明された。
     取調べの可視化に向けた議論状況としては、マニフェストに可視化を掲げた民主党の政権奪取や、村木事件・前田事件の発生により、取調べの全面的な可視化に向けて進むかとも思われたが、警察等の可視化に対する強い抵抗もあり、現在も「全面的な取調べ可視化」に向けた議論の進展がなかなか見られないのが現状であるとのことであった。
     しかしながら、現在は全面的な可視化実現の大きなチャンスであるから、この機を逸しないようにする必要があるとのことであった。
  5. 最後に、園田理会員をコーディネーターとし、パネルディスカッションが行われた。
     現在行われている一部録画については、自白した後であり被疑者は既に諦めていること、供述調書の信用性を判断するためにはどのように自白に転じたかの資料が必要であることから、不十分であるとの指摘がされた。
     次に、虚偽自白を裁判所で見抜けないのかという点については、裁判所は供述調書の信用性を高く評価している一方、供述調書の信用性を検討するための資料、取調べ内容が全く分からない現実があると指摘された。
     また、全面的な可視化による弊害についても議論が及び、様々主張されている反対根拠には理由はないとのことであった。
  6. パネルディスカッションの最後に菅家さんから「全面的な可視化でなくては、私と同じような人がまた生まれてしまう。」と話されたことが印象に残った。今後二度とえん罪被害者を出すことのないよう早急に取調べの全面的な可視化が実現するよう強く望む。