会報「SOPHIA」 平成23年3月号より

輝いた目をもう一度取り戻したい


〜国際特別委員会による

カンボジア王国司法制度視察旅行に参加して〜



国際特別委員会 委員
中川 真吾


  1. このたび、2月23日から27日までの日程で実施された「カンボジア王国司法制度視察旅行」に参加させていただきました。
    出発前、妻からは「子供の世話を押しつけて海外旅行か。。。いい身分だな」などと暖かい言葉をかけられての参加です。しかし、本稿を最後まで読んで頂ければ、今回の視察旅行がまさしく弁護士としての自己研鑽の一貫であり、決して物見遊山などではないことが皆様方にもお分かりになると思います。
  2. 2月23日午前8時30分、セントレアに当会の9名の弁護士が集合しました。17期から60期までの幅広い年齢層から構成される多様性に富んだ代表団です。
    午前11時セントレア発の飛行機で出発し、バンコクで乗り換えた後、午後8時ころにプノンペンの空港へ到着しました。プノンペンの空港につくと熱帯特有の空気が流れており、長旅の疲れも忘れてテンションが上がります。
    空港には、当会に所属する原田政佳会員(60期)が迎えに来てくれていました。原田会員は、後述のとおり、現在JICAの長期専門員として、法整備支援活動に携わっておられます。
    この日の夜、代表団のうち元気が残っている者は、翌日から始まる視察に向けて英気を養うため、原田会員行きつけのバーへ向かいました。プノンペン市内を流れるトンレサップ川沿いに位置するおしゃれなバーです。
    ビールを飲んでゆったりと流れる川面を眺めながら、原田会員の優雅な生活を羨んだことは言うまでもありません。
  3. 24日は、まずJICA事務所を訪問した後、司法省控訴審裁判所を訪問し、ユーブンレン所長からお話をうかがいました。原田会員からは、同所長が人格・能力ともに優れた人物であると聞いていましたが、確かに今後のカンボジアの司法制度について落ち着いた口調で話すその口ぶりからは、彼の下でならば、カンボジア司法制度の着実な発展が見込まれることが感じられました。
    その後、司法省の中にある原田会員のオフィスにお邪魔しました。日本の法整備支援により、カンボジアの民法・民事訴訟法が起草されましたが、現在では原田会員らにおいて、不動産登記に関する省令の起草作業を行っているそうです。カンボジアの「ボアソナード」として活躍されている原田会員、頑張ってください!
  4. 次いで、最高裁判所を表敬訪問しました。最高裁判所の建物は以前は国会議事堂だったらしく、その大法廷は立派なものでした。
      昼食後は、カンボジアの渉外事務所の1つであるブン&アソシエイツ法律事務所を訪問しました。聞くところによると、中国やタイにおける近年の人件費高騰の動きを受けて、政情が安定してきたカンボジアへ進出する企業が増えているそうです。同事務所はそのような外資系企業のニーズに応えてめざましく発展している様子でした。
      次に訪問したのは、カンボジア弁護士会です。同弁護士会からは、日弁連からのこれまでの支援・協力について謝意を表されました。私は知りませんでしたが、実は日弁連では、以前からカンボジア弁護士会とプロジェクトを組んで、カンボジアの新人弁護士に対する教育活動への支援・協力を行っていたそうです。
  5. この日、最後に訪問したのは、カンボジア王立法経大学内にある名古屋大学日本法教育センターです。名古屋大学日本法教育センターとは「日本語による日本法教育」を実現するため、現地大学と協力して日本語・日本法の教育を行うための組織であり、カンボジア以外にもモンゴルなど3か国でそれぞれ同様のセンターが設置されています。個人的には、今回の視察旅行の中でもっとも印象に残った訪問先はここでした。
    同センターでは、大学1年生から日本語を勉強させ、ある程度学習が進めば日本法も勉強させているそうです。そして成績優秀者は、4年間の講義過程終了後に、名古屋大学へ留学できるとのことでした。大学に入るまで日本語すら全く知らなかった学生の一人が「私の研究テーマは、日本における個別的労働紛争と集団的労働紛争の違いです。」と日本語で説明したときには、心底驚きました。
    カンボジアの大学では、講義が、午前・午後・夜間の三部制となっているため、複数の大学を掛け持ちして受講する学生も珍しくないそうです。また、日本の大学にあるようなサークル活動はなく、大学とはあくまで勉強を行う場所という位置づけでした。
    既に世俗にまみれて濁ってしまった自分の目と比べて、公務員の初任給が月50〜60米ドル程度という経済情勢の中、向学心・向上心に満ちあふれたカンボジアの学生達のきらきらとした目はまぶしいほどでした。
    残念ながら年齢的な限界もあり、どれだけ高価な目薬を使っても私の目が学生達のようにきらきらと輝くことはないでしょうが、この学生達が将来名古屋にやってきたときに、日本の弁護士として恥ずかしくないような活動をしなければならないと固く心に誓った次第です。
  6. 翌25日にはカンボジア特別法廷を訪問し、同法廷の裁判官に就任している日本人の野口元朗検事からお話をおうかがいすることができました。
    同法廷は、ポルポト政権下の最高幹部を裁くために、国連の財政的援助の下で2006年から活動を開始した特別の裁判所であり、裁判体もカンボジア人の裁判官と外国人の裁判官で構成されています。野口検事からは、若い日本人弁護士にはぜひ海外に出て、カンボジア特別法廷のような海外の機関で働いてほしいと強く要請されました。
  7. 視察旅行に行ったからと言って、日常業務に直ちに役立つことはないでしょうが、異なる司法制度に触れることは、日本の司法制度の長所・短所に気づかせてくれ、弁護士としての長期的な視野を広げる一助となることは間違いありません(個人差はありますが、目の輝きを取り戻す方もいるでしょう)。今後同様の視察旅行が企画された場合には、感受性の豊かな若手の会員にこそ積極的な参加を望みます。
    最後に、幹事として今回の旅行を取り仕切って下さった小川晶露会員並びに現地での訪問先のアレンジに尽力して下さった原田会員及び金武絵美子司法書士には、この場を借りて改めてお礼申し上げます。
    なお、今回の視察旅行の趣旨を誤解されては困るため、観光地として名高いアンコールワットへの表敬訪問の感想につきましては割愛いたします。