会報「SOPHIA」 平成23年1月号より

子どもの事件の現場から(101)

新しい社会的養護をめざして

〜子どもセンター「パオ」の「ステップハウス」〜

会 員 多 田 元

女子少年院の法務教官から、仮退院後家庭に引き取られない少年が増えている実情を聞くことがあった。また、子どもの虐待ケースにかかわると、保護された子ども自身が児童相談所の一時保護所や児童養護施設の集団生活を拒否したり、適応しないという理由で、虐待環境のままの家庭に戻されてしまうケースさえ目にする。私が附添人を担当した少年は、幼少時から実母による虐待を、小学生時にはその実母の内夫から性虐待を受け、1ヶ月間児童相談所に一時保護されたが、結局、家庭に戻され、その後も彼女が家出するまで性虐待が継続した。とりわけ、実母の「お前が悪いのだ」という言葉が刃のように彼女の心を深く傷つけ、思春期の子どもが「自分は生きている価値もない」と思い込まされた。子どもの視点に立つと、わが国の児童福祉のまことに貧しい現状が赤裸々に見えてくる。

そのような現実に直面したことから、当会有志弁護士を中心として、2006年にNPO法人子どもセンター「パオ」が創立され、子どもの緊急避難のためのシェルター「丘のいえ」(定員女子2名)が開設された。「パオ」では、一人ひとりの子どもにパートナー弁護士がつき、「丘のいえ」の利用開始から、そこを旅立ち次のステップへと歩む間も、パートナー弁護士が児童相談所やその他の関係機関と連携しながら自立支援を継続していく。

自立の支援は、子ども自身の意思に基づく自己決定を尊重しなければ成り立たない。「丘のいえ」の利用にあたっても、子ども自身が十分な説明を受け、自らの意思で選び、契約する。子どもは「丘のいえ」でスタッフに受け入れられ、共に生活するなかで当たり前の人間関係を体験的に学び、安心とあるがままの自分でいいという自己肯定感と自信を取り戻す。その安心と自信が生きる道を選び取る精神的自由の基礎となるのだ。「パオ」に出会う子どもたちの支援を通じて痛感することは、虐待は、子どもの安心と自信と心の自由を破壊し、互いに信頼し認めあえる健全な人間関係を築く力を奪っているということである。そのような子どもが安心、自信、心の自由と人への信頼を回復するために必要なのは、子どもを権利の主体として認め、支える大人の存在である。「パオ」がめざすのは、子どもを単なる保護の客体と見るのではなく、子どもが権利として選び、共に生き、共に育つ「社会的養護」の新しい視点をもった自立支援と言える。「丘のいえ」を旅立つ時に、「保護されたって感じじゃなくて楽しかった」と言った子どもの言葉がそれを端的に表現してくれている。

しかし、2週間を単位とする短期滞在のシェルターの生活(多くは2〜3ヶ月の滞在)を経ただけでは、自立援助ホームや住み込み就職で働きながら直ちに自活することは著しく困難である。たちまち離職したり、パニックに陥り精神科病院に入院の事態に至る例も少なくない。「パオ」では、このような経験をふまえ、もう少し時間をかけて自立の準備をし、次のステップへつなぐために、児童福祉法等関係法の間隙、いわばクレバスを渡る橋のような「ステップハウス」を構想し、本年春の開所をめざして内装等の準備を進めている。定員は女子3名程度で、スタッフと家族的な生活を送るとともに、通院により心身の健康を整えたり、あるいは通信制・定時制高校などへの通学も可能としつつ、その他自活に必要な社会的スキルを学ぶ多様な学習機会を設けるのがねらいである。

しかしながら、その財政基盤は、児童福祉法等に基づく公的助成や措置費の対象にはされないという現状のもとでは、民間の寄付・会費収入に頼るほかはない。

皆様のご支援を、心からお願いする次第です。