会報「SOPHIA」 平成22年12月号より

ひまわり基金法律事務所を訪ねる旅


第1回 熊野ひまわり



法律相談センター運営委員会
委員長 藤田  哲

 
  1. 私の問題意識  
     いわゆる弁護士ゼロ地区(地裁支部管内に弁護士が一人もいない地域)がなくなったことはご存知でしょうか。また、弁護士ワン地区(同じく弁護士が一人しかいない地域)も全国で5ヶ所になりました。これは、日弁連が全国の司法過疎地にひまわり基金法律事務所を累計102ヶ所設置したことや、ひまわり基金法律事務所を任期満了した弁護士の中でそのまま地元に定着した人もいたこと、法テラスの4号業務対応地域事務所(司法過疎地に設置する地方事務所)が全国で30ヶ所開設されたこと、地方で開業する弁護士が次第に増えてきたことが影響しています。「いつでも、どこでも、誰でも」法律相談が受けられることが少しずつ実現しつつあるのでしょう。
      しかしながら、このように司法過疎地に次第に法律事務所が増えてくると、日弁連のひまわり基金法律事務所は将来どうなっていくのでしょうか。地方に法テラスの地方事務所や法律事務所が次々にできてくれば、ひまわり基金法律事務所はいらなくなるのではないか。現在、日弁連で弁護士過疎・偏在対策の到達目標(グランドデザイン)を検討するワーキンググループが設置され、検討作業を進めています。
      やはり、ここは現場の状況を実際に自分の目で見てくるのが間違いないのではないか。司法過疎地はどのように変わったのか。本当に地域住民の司法アクセスが改善されたと考えてよいのか。司法過疎地で働いている弁護士はどのようなやりがいを感じているのか。それぞれの地方の特色を自分で感じながら、中部地方のひまわり基金法律事務所を回ってみました。
  2. 熊野ってこんな所
      名古屋からJR紀勢本線の特急で3時間05分。1日に特急が4本しかない。熊野支部管内の人口は約8万4000人。弁護士2名(熊野ひまわりの弁護士と隣の尾鷲市に1名)。司法書士7名。
  3. 熊野の名物
      なんたって、毎年8月17日に行われる熊野の大花火。七里御浜の海岸に約1万発の花火が打ち上がる。3尺玉が海上で爆発し、爆音が紀伊の山々にこだまする。
      食べ物は、サンマ寿し(丸々1匹の姿寿し)と目張り寿し(おにぎりに高菜の葉の浅漬けを巻いた、目を見張るような大きさ)が有名。
  4. 熊野ひまわりは
     JR熊野市駅から歩いて徒歩10分程の場所にある。2階建ての建物の2階部分を賃借している。27坪。事務局は前任者から引き継いだ3名が勤務している。平成21年の受任事件数は200件。この内、自己破産等の債務整理事件が74件、過払金返還事件等が42件、刑事事件が45件(このうち、国選が42件)である。これを、所長の中倉秀一弁護士が一人でこなしている。1年間の相談件数も229件に上っている。
      熊野ひまわりは、2002(平成14)年開設。初代所長は小久保豊弁護士。名古屋で弁護士事務所を開業してみえたので、覚えておられる方も多いだろう。現在は、4代目所長の中倉秀一弁護士が2008(平成20)年7月から赴任している。
  5. 中倉秀一弁護士とはこういう人
     57期。岡崎の山附_司会員の下で3年半勤務した後、熊野ひまわりに赴任した。妻の浩美さんと2人暮らし(本年3月に家族が1人増える予定とのこと)。平成23年6月末の任期満了後は、赴任前の勤務地である岡崎に戻る予定。
  6. 熊野ひまわりの開設で何が変わったか
     熊野ひまわりができても、ひまわり以外の弁護士は、尾鷲に一人いるだけ。和歌山県の新宮にひまわりができた他は、状況は20年前と変わっていない。
      1年間の受任件数が200件を数える現状をみれば、熊野地域の人の法的需要にかなり貢献をしていると考えられるだろう。とりわけ、三重弁護士会が熊野市に週1回開設している熊野法律相談センターの利用率との違いをみれば、熊野ひまわりが果たしている役割の大きさが理解できる。熊野法律相談センターには、三重弁護士会が、津市や四日市市等に在住している弁護士を相談担当弁護士として派遣しているが、利用率(充足率)は12%(2日間8コマで1件程度の相談しかない)にとどまっている。

  7. 熊野ひまわりの今後
     それではいつまで熊野ひまわりを維持すべきだろうか。
      現在の受任数と受任事件の種類を見れば、問題点は明らかになってくる。いわゆる、債務整理事件と過払事件が受任事件の6割近い。過払バブルが過ぎれば、現在の半分以下に受任事件が減ることになる。 
      中倉弁護士も、熊野ひまわりは、近いうちに、個人事務所としては経営困難に陥り、恒常的な赤字事務所となる可能性があり、早晩後任の赴任希望者がいなくなると危惧している。中倉弁護士は、10年以内に熊野ひまわりは閉鎖を余儀なくされるのではないかと、極めて悲観的な見通しを抱いている。
      他方、熊野地域には、相当数の一般民事事件、家事事件、国選事件が存在する以上、常任弁護士は必要不可欠である。中倉弁護士は、今後は、弁護士が収入面で憂いなく事件処理にあたることができる法テラス4号事務所を設置し、地域のニーズに応えることが必要だと指摘している。
  8. 感想
     熊野法律相談センターは、熊野ひまわりの開設によって、事実上、役割が終わったと考えてもよいのではないだろうか。このような利用率(充足率)の低さでは、箱モノ法律相談センターは早急に廃止すべきではないかと思う。ただし、地方での利益相反の問題はいつも起こりうるので、その受け皿として、電話対応ができる法律相談センターは必要だろう。地元会の意向を聞き検討したい。
      今後、ひまわりと法テラス4号事務所との役割分担の問題は必ず起きてくるだろう。地方の過疎地の法律事務所に黒字が期待できないとしたら、司法過疎地にひまわりは開設できず、法テラス4号事務所にまかせることになるのだろうか。それで、法律事務を独占する弁護士会の職責として十分なのだろうか。小浜、輪島のひまわりを回る中で、ひまわりのあり方を考えていきたい。