会報「SOPHIA」 平成22年1月号より

平成21年度人権賞受賞者

障がい者のための「ラルシュ・ホーム」の実現を
目指し活動を続けてきた島しづ子さんに決定
人権擁護委員会 人権賞小委員会 委員
大嶽 達哉
人権賞授与式にて細井会長より記念の楯を受け取る島しづ子さん

人権賞授与式にて細井会長より記念の楯を受け取る島しづ子さん

1 3つのホーム

 島さんは、障がい者に対する生活支援活動の場として、名古屋市南区及び熱田区に3つのホームを運営しています。
 3つのホームは、それぞれ「愛実(あみ)友達の家」、「紙風船」、「大地の家」と呼ばれています。
 各ホームには、養護学校を卒業した18歳から30歳までの障がい者が5〜15名ほど通っています。
 各ホームでは、障がい者は、「メンバー」と呼ばれ、原則的に1人の「メンバー」に、1人の「アシスタント」(各ホームでは、職員のことをこのように呼んでいます。)がついてケアが行われています。朝から夕方まで、音楽や工作といった室内作業のほか、散歩などの外出スケジュールが組まれ、「メンバー」の日常生活が営まれています。昼食は、給食として提供されています。
 また、「メンバー」は、このような日常の昼間時のケアだけでなく、必要に応じて、宿泊を伴う夜間時や自宅でのケアも受けることができます。 各ホームの中でも、「紙風船」は、もともと養護学校の人形劇団を、島さんがホームにまで拡大したもので、現在でも、対外公演を含め、「メンバー」らの作ったオリジナルの人形での人形劇を行っています。 島さんは、これら3つのホームを運営する主体として、NPO法人「愛実の会」を設立し、その理事長として、これらの活動に関わっています。 各ホームの通所ケア事業は、障害者自立支援法上の介護事業に位置づけられ、また同事業は名古屋市の補助金支給の対象となっています。

2 活動のきっかけ

 島さんがこのような活動を始めたのは、1979年(昭和54年)、ご自身の二女(故人)が幼児期の病により、重度の障がいを抱えたことがきっかけとなっています。二女への介護の経験から、二女の通う養護学校の親たちと共に、障がい者とその家族の活動を始めたのが、現在の活動にまでつながっています。
 特に、キリスト教教会で牧師を務める島さんにとっては、1987年(昭和62年)、教会のつながりで出会ったフランス人ジャン・パニエ氏との出会いが大きな影響を与えています。島さんの活動は、パニエ氏の提唱する「ラルシュ・ホーム」の実現がその目的となっています。

3 「ラルシュ・ホーム」とは

 パニエ氏の提唱する「ラルシュ・ホーム」の「ラルシュ」とは、「方舟」を意味します。聖書に出てくる、あの「ノアの方舟」の「方舟」です。 障がい者が、保護される「施設」ではなく、地域の中で、人として軽んじられることなく当たり前の日常生活を営むことができる「家」、これが「ラルシュ・ホーム」です。
「方舟」に守られるのは、「人としての尊厳」といえましょうか。
「ラルシュ・ホーム」において、障がいを持つ人々が、地域社会の一員として、人としての尊厳を保った生活をしていく、これが「ラルシュ・ホーム」の理念です。
「ラルシュ・ホーム」に関し、世界的には、国際ラルシュ連盟 http://www.larche.org/ があります。島さんは、現在、各ホームでの活動を通じて、「Friend of L’Arche なごや」と名づけた「ラルシュ・ホーム」の設立準備を進め、連盟への加盟を目指しています。

4 「大地の家」を訪ねて

 私は、今回、人権賞小委員会の委員として、島さんと「大地の家」でお会いし、島さんから、お話しを伺いました。
 「大地の家」は、熱田区伝馬の新堀川沿いにある聖ヨゼフフランシスコ修道会の敷地内にあります。教会のほか、幼稚園も併設されるなど、敷地は非常に広いものとなっています。
「大地の家」は、その敷地の中の3階建の教会施設を他の団体と共用しています。共用している団体の中には、島さんが関わられているホームレス支援の「いこいの家」などもあります。  私が訪ねますと、島さんが優しい笑顔で迎えてくれました。ちょうど「メンバー」が通ってくる朝の時間に合わせて伺いましたので、お話を伺っていると、だんだんと「メンバー」がやってきました。「メンバー」と「アシスタント」がそれぞれ、にこやかに朝の挨拶を交わしていました。「アシスタント」は、有償者と、主に聖職者からなるボランティアで構成されています。「アシスタント」はそうした朝の時間の中で、てきぱきと一日の準備を進めていました。
 島さんにお伺いした話の中で、印象的であったのは、地域社会とのこだわりです。ホームを大規模にしていけば、確かに、より多くの「メンバー」を受け入れることができ、活動ももっと大規模にすることができます。しかし、島さんは、そうした手法を選ばず、地域ごとに、地域の規模に合わせたホームを作ることで、地域社会と「メンバー」の結びつきを実現しようとしています。
 それは、親だけの手に負えない成人となった後、養護学校卒業と共に、生活の場を失うことが多い「メンバー」にとって、地域社会に居場所をつくることが重要であるという島さんの信念に基づいているようです。
 調査の帰り際、島さんは「みんなで一緒にやってきたのに、こうして人権賞に私だけが推薦されて、もし受賞してしまったら、みんなに申し訳ない。」とおっしゃっていました。今回の受賞を島さんは、一緒に活動してきた皆さんとどのように分け合うのでしょう。
島さんの活動としては、目標としている「ラルシュ・ホーム」の実現は、まだその端緒についたばかりのようです。今回の受賞がその一助になればと祈るばかりです。

※「障がい者」の表記につきましては、法令上は「障害者」とされ、また一般には「障碍者」と表記されることもあり、議論のあるところですが、本原稿においては、本受賞者島しづ子さんが通常文書等で使われているものに準じました。