会報「SOPHIA」 平成21年11月号より

子どもの事件の現場から(88)

親とつなぐ

―ある少年更生保護施設の実践から―
愛知淑徳大学コミュニケーション学部
准教授 市村 多加子
お袋の味パート1

「仕事から帰ってきた子達が、調理場に顔を出して『今日の夕飯何?』って聞くんですよ」。立正園の親子キャンプの夕食準備のとき、Oさんが園での少年達との夕食をめぐるやりとりを笑顔で語った。立正園は名古屋市にある少年専門の更生保護施設、Oさんはそこの調理員さんである。ヤンキーバリバリの恰好をした少年とOさんとのやりとりの様子を思い浮かべるとなんとも微笑ましい。でも、園生の何人が、これまで親にそんな声かけをした経験があるのだろう。ここには、おいしいと言って喜ぶ子の顔、それを思い浮かべながら作る人の優しい顔がある。


お袋の味パート2

少年院や鑑別所を出ても、親との関係が悪く、家庭に帰せない少年がいる。更生保護施設はそういう少年達の止まり木でもある。立正園ではこうした親子の関係改善を願って、親への働きかけを工夫している。中でもユニークなのは、「保護者ボランティア」である。親が個別に来園し、園内清掃などをした後、少年達のためにお得意のおかずを1品作る。園生の親の手料理を囲んだ食卓は、さぞ賑やかだろう。親が来ると聞いて「エーッ」と照れていた少年も、親と一緒に自室で寝て、翌朝別れるときには「今度いつ来る?」と聞いているという。親は子どもの生活の様子がわかって安心するし、少年にも親が自分のために足を運んでくれたことが伝わる。そしてちょっと誇らしい気持ちになる。


親子キャンプ

この保護者参加の集大成が、冒頭の「親子キャンプ」である。年2回、1泊2日の日程で近郊のキャンプ場で行われる。今年の秋で19回目となった。年々ボランティア等の参加も増え総勢50人を超えることもある。きめ細かく工夫されたプログラムが満載で、スタッフの準備の労力は相当なものである。私も、「官」の立場(家裁調査官)を離れた気楽さから、参加させてもらっている。

保護者には、園から手紙や電話で参加を呼び掛ける。遠方に住む親、経済的に余裕のない親、子との関わりに消極的な親などにとって、2〜3泊の都合をつけるのはかなりの負担であろう。スタッフが少年と共に親元を訪ね、参加を説得することもあるという。重い腰を上げて参加した親も、他の保護者や少年、ボランティアらと共に夕食を作り、キャンプファイヤーでわが子の「将来の夢」を聞くころには、思い切って参加してよかったと打ち明ける。夜、キャンプ場に親子の小さなテントがいくつも並ぶ様は壮観である。テントの中で何を語り合うのだろうか、親のぬくもりを確かめるのだろうか。翌日のかなりハードな親子ウォークラリーを終えた時には、親も子も疲労感の中に充足感を漂わせている。

親が参加しない少年達にはどうなのか。園ではその課題を温めながらも親子キャンプを続けている。あるときのキャンプでは、少年が仲間のお父さんに肩を寄せて歩きながら、「〇〇君みんなとよく打ち解けてしっかりやっていますよ」と語りかけていた。自分の親が来なくても、少年なりにその現実を受け止め消化する力を付けていく。



つながるということ

家裁調査官時代に、立正園に補導委託されていた少年の弟を担当したことがある。兄の時は一度も調査に応じなかった父が、弟の時には来た。兄は、今は真面目になって父の仕事を手伝っているという。「そういえばキャンプがあって、行きましたよ。これはやはり俺じゃないとダメかと思ってね。」とやや誇らしげに語る。この話を聞いて、父が今回調査に応じたわけがわかった気がした。キャンプの体験はこんなところに繋がっている。