会報「SOPHIA」 平成21年11月号より

東京地裁判事、知財訴訟の現状を、


名古屋で大いに語る

〜知財仲裁センターの講演会にて〜
会 員 大 橋 厚 志
1 はじめに

去る10月23日、名古屋商工会議所において、知的財産仲裁シンポジウムが開催されました。知財に関心のある弁護士、弁理士以外にも、企業団体等から多数の参加があり、500名の定員一杯に会場ホールは開会前から満席状態でした。

冒頭に、日本知的財産仲裁センター名古屋支部の高橋克彦支部長よりご挨拶がありました。知的財産に関する紛争を裁判外で解決することを目的として、日弁連と日本弁理士会が共同で運営する当知財仲裁センターについて、非公開手続により迅速かつ合理的に知財紛争が解決できるメリット等に関し、改めてご紹介がありました。また、特に企業団体等からの参加者に対し、知的財産の更なる活用を通して、近時の不況にも打ち克って行こうと呼びかけられたのが印象的でした。

続いて当シンポの主題である「東京地裁における最近の侵害訴訟審理の動向について」、東京地裁民事第29部部総括判事の清水節講師より、2時間近くに亘ってご講演がありました。

清水講師は、地裁・高裁の専門部で通算10年以上も知財裁判に関わってこられ、尚かつ、我々名古屋の人間が、特許権侵害訴訟の第1審では、直接その判断を受ける可能性もある現役の裁判長ということもあって、講師のご発言一つ一つに会場の関心が注がれました。


2 審理の迅速化と和解による解決

まず、講師からは、最近の知財事件処理の傾向、特色として、審理の迅速化と和解による解決の多さについて、お話がありました。早期の権利関係確定を望む取引社会からの要請により、10年前には、平均2年ほど要していた審理期間が、5年ほど前からは、平均1年程度に半減している状況がグラフで示され、その要因として、裁判所人員の増加や立証容易化などの法改正の効果も挙げておられましたが、ご自身の米国視察の経験なども踏まえ、裁判所がそれまでの当事者主導から裁判所主導へと審理のやり方を明確に切り替えた点にも具体的に言及されたことが新鮮でした。

また、和解による解決については、一般の民事事件では、概ね判決5割・和解3割といった傾向にあるのに対し、知財事件では、判決3割・和解5〜6割であり、特に認容判決は1割前後に留まる傾向にあることから、知財事件の提訴に当たっては、当初より和解による解決を念頭に置く必要がある旨述べられました。

特に興味深かったのは、講師自ら、ここ数年の裁判長として扱った知財事件について、認容・棄却・和解・取下げ等の区分だけでなく、和解の中で原告勝訴的和解と敗訴的和解とを明確に分けて整理された結果を示された点です。近年の侵害訴訟における認容率の低下傾向は知財関係者の間でも問題視されていただけに、原告勝訴的和解の比率を合わせれば5割程度が原告勝訴の判断がなされているとの分析は、大変有益な情報でした。


3 「無効の抗弁」

つぎに、特許事件を中心に、審理、判断の過程で具体的に問題となっている点についても、次々とテンポよく解説がなされました。無効の抗弁(特許法104条の3)に関連する問題としては、いわゆるキルビー事件最高裁判決が示した要件と異なるものではないこと、除斥期間(商標法47条)を経過した商標は対象外であること、特許庁での審理とのダブルトラックが生じても、審理の迅速化の観点から審理の中止(特許法168条2項)は行わないことなど、ご自身の考えを明確に述べられました。


4 職務発明

また、職務発明事件について、労働事件的要素もあり知財事件に不慣れな代理人も扱うことが多いことから、特に時間を割いて説明がなされました。職務発明(特許法35条)については、これを発明者に対するインセンティブと捉えるか、発明者への利益の分配規定と捉えるかで対価額が大きく変わってくるが、このような基本的視点すら定まっていないこと、発明者の貢献度の割合についても、一般に5%程度(医薬品等、発明以外の開発コストが多大な分野では1〜2%程度)に認定されることが多いようだが、根拠に薄く、そもそも裁判所による認定に馴染むものとは思われないこと、通常の事件では当事者どちらかの主張に乗って判断することが可能な場合が多いのに対して、職務発明事件では当事者双方の主張の隔絶が甚だしく、どちらの主張にも乗れないことが多いことなど、判断権者としての難しさを率直に語られました。結果的に当事者双方の主張金額の間をとるような場合でも、金額そのものの間をとるのではなく、金額の「桁」の間をとることになる(例えば、対価10億円(10桁)の請求に対し、10万円(6桁)で十分という反論ならば、1000万円(8桁)程度の認定というような意味であろう)といったジョーク(?)も飛び出し、職務発明事件の特殊性がよく理解できました。


5 知財訴訟での主張の在り方

最後に、知財訴訟での主張の在り方について、お話がありました。原告として、特許侵害事件では被告製品(方法)の特定が十分になされていないケース、不正競争防止法事件では対象となる営業秘密が特定されていないケースなどが見られることから、十分に準備を整えてから提訴すべきこと、主張についても、優先度の認識を持ち、できるだけ有効な主張に絞るべきこと、有効な主張は迅速に主張されることが多いことから、主張の後出し、変遷は裁判所に不利な心証を抱かせることなど、注意点を指摘されました。


6 おわりに

質疑では、近時、知財高裁の特定の部で出された進歩性の判断について質問がなされました。清水講師は、平成11〜12年当時の裁判所で出されていた進歩性の判断では、当業者が組合せを試みる動機付けまで要求せずに進歩性を否定する傾向があったが、現在では、確かに裁判官によって判断のバラツキはあろうが、それを明確に判示するか否かは別として、組合せの動機付けがないのに進歩性を否定する裁判官はいないだろうという趣旨のご回答をされ、上記高裁判断の考え方を支持されました。

以上のように、清水講師のご講演は、裁判官はなかなか本音を語っていただけないのではという疑問を感じさせないものであり、かなり具体的、明快な説明がなされたので、弁護士にはもとより、裁判所の考えを直接聞く機会の少ない、大多数の企業の方々(むしろ聴衆の大半は企業の方々のようでした)や弁理士の方々にも、大いに参考になったのではないかと思います。