会報「SOPHIA」 平成21年8月号より

子どもの事件の現場から(86)

親 の 愛 情


会 員
石原 大輔

弁護士登録して半年あまり、新入会員研修として、先輩弁護士と少年事件の付添人を共同受任することになった。私にとって初めての少年事件である。

先輩弁護士から、足代わりに自転車を盗んだ事件だということを聞き、当初は深く考えもせず、保護観察処分か審判不開始となるのかなと考えていた。しかし、そんな簡単な事件でないと分かるのに時間はかからなかった。

少年は中学生で、駅前の放置自転車や、店の駐輪場から自転車を盗んだりしていた。警察に見つかり自転車を没収されては同様の行為を繰り返していたものの、いずれも軽微な事案であり、自転車盗以外の前歴もなく、少年の非行性はそれほど進んではいなかった。

しかし、少年の生育環境には大いに問題があった。少年は、生後まもなく母親の実家に連れて行かれ、さらに母方の祖父母と養子縁組をし、祖父母に育てられた。他方母親は、定期的に少年と面会をするものの、内縁の夫と暮らし、少年の養育に関しては基本的に祖母任せで、少年に対しても突き放した態度をとることがあった。このような環境で育ったためか、少年は母親不信が強く、親の愛情に飢えている一方、幼児的な甘えが残存しているといえた。

中学入学後、少年は、祖母に対し、毎日のように小遣いをねだり、それを拒否されると暴れるようになった。祖母に対する直接の暴力はほとんどなく、家の中の物を壊したりする程度ではあったが、手を焼いた祖母らにより度々警察が呼ばれ、一時保護所に入所したことも数回あった。

また、私たち付添人との面接でも、反省の言葉を述べるものの、考え方も甘く、どこか、自分の問題として捉えていないようなところがあった。その姿は、「体の大きい幼児」を思わせるものだった。

この少年の更生には、家庭環境の改善、特に母親との親子関係の改善が必須であることは明らかであった。

母親との面接では、少年には、母親との関わりが必要であること、少年が母親の愛情を求めていることから、少年のための時間をできる限りとってほしいことなどを話した。母親や祖母は当初、少年への対応に悩み、施設送致を容認しているようなところがあったが、次第に、少年を受け入れ、自ら少年を監督していくという気持ちを強くしていった。少年も、以前とは打って変わって繰り返し面会に来てくれるようになった母親に対し、愛情を確実に感じ取っているようであった。

私も、この少年には母親との愛情のある関係改善が必須であるが、その兆しは見えており、施設送致は単に問題を先送りするに過ぎないものと考え、その旨の意見書を先輩弁護士と作成した。

しかし、審判では、少年に児童自立支援施設送致が言い渡されてしまった。言渡しの直後、少年の目からはみるみる光が消え、がっくり肩を落とし、まもなく、肩を震わせて声もなく泣き始めた。今まで見せたことのない少年の動揺に、少年が初めて自分の問題として直面したように感じるとともに、もっと早く少年にこのような姿勢を出させるよう努力をしなければいけなかったとも感じた。

今回の事件は、少年の長期にわたる生育環境に問題がある事件であり、限られた時間の中で、付添人としてどこまでできるのか考えさせられるものであった。