- 1 給費制廃止・貸与制実施の予定・情勢
平成16年2月、裁判所法が「改正」され、来年(平成22年)11月から司法修習生に給与を支給する制度(給費制)の廃止及び司法修習生に修習資金を貸付ける制度(貸与制)の実施が決まった。その実質的な理由は「国家財政の厳しい折に、法曹人口の急増が予想される中、民間人となる司法修習生に給料を払うことには抵抗がある。」であった。
当時、日弁連は、平成15年から反対運動を繰り広げ、各地の弁護士会でも次々と反対決議をあげ声明を発表した。しかし、その意見は、政府の司法制度改革推進本部法曹養成部会でも極めて少数意見であり、国会議員の賛同も得られずに四面楚歌のうちに議決された。日弁連としては、実施時期を4年間延長するのが精一杯の努力の結果であった。
なお、衆参両議院の付帯決議には「統一・公平・平等という司法修習の理念が損なわれることがないように、また、経済的事情から法曹への道を断念する事態を招くことのないように」等の趣旨が明記された。
- 2 付帯決議の趣旨の実現のために
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- (1)給費制廃止議決後の事情変更等
―法科大学院の乱立に伴う司法試験低合格率
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法科大学院の乱立に伴う司法試験低合格率は、想定外であった。司法制度改革審議会の期待したのは約7〜8割であった。ところが、法科大学院は全国で74校が設立され、そこへ想定以上の多数が入学し、現状では司法試験合格率は3割程度にとどまっている。この司法試験合格率の低さは、司法試験の受験制限は3回限りであることや@〜Bの事情と相まって「法曹を目指す有為の人材の減少に拍車がかかること」は必至の情勢であり、その克服に向けて制度の見直しが急務である。
- @ 法曹を目指すために必要な多額の支出
現在、法曹になるためには十分な経済的な支えが必要となっている。大学時代、法科大学院時代では授業料に生活費が必要であり、その金額は法科大学院で3年間学べば合計1000万円近くにもなりかねない。また、法科大学院卒業後から司法修習生になるまでの間及び司法修習期間には授業料こそ不要ではあるが生活費は必要である。
- A 職務専念義務によるアルバイト禁止
今回、司法修習生は、給費制が廃止されても職務専念義務は免除されず、アルバイトさえできない。また、奨学金、教育ローン、授業料免除制度等の各種の支援制度が充実してきたとしても、司法修習生は多額の借金を抱えたまま法曹にならざるをえない。このような状況で、経済的に余裕のない人や社会人が仕事を辞めて人生をかけて法曹を志すことを期待することは制度的に困難である。
- B 有為な人材の確保のための制度見直し
さらに、現在の急激な弁護士人口の増加から厳しい弁護士就職難になっており、弁護士資格は取得しても仕事上の訓練を受けられず、経済的困窮さえ危惧される情勢である。
これでは経済力のある者しか法曹を目指すことができず、司法の社会的基盤が動揺してしまう。
- (2)弁護士の公共性及び民間(在野)である意義の再確認
弁護士は、人や企業の紛争解決や紛争予防のために活動し、時には国や地方公共団体などと対立し市民の権利を守る。その活動は、社会の隅々まで及んでいる。また、弁護士・弁護士会は、当番弁護士制度、法律相談センター事業、過疎地における公設事務所の開設、法テラスを通じての資力のない人への支援などによる各種の公益活動を支え、人権擁護のための諸活動(例えば、人権救済、冤罪との闘い、子どもの虐待防止活動、消費者保護運動、犯罪被害者支援活動等)、国や地方公共団体の様々な審議委員への就任、法科大学院の運営のための実務的教育への協力など幅広く努力・実践している。
弁護士は民間人であり裁判官・検察官は公務員であるとの違いはあるものの、いずれも公共性があり社会的基盤となっている。
弁護士・弁護士会には、民間(在野法曹)として弁護士自治が与えられているが、それが国や地方公共団体などの権力の濫用から真に市民の権利を守るための制度的保障であり、そこに弁護士の職責遂行が期待されていることは言うまでもない。
- 3 給費制の効用の再確認
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- (1)職務専念義務とそれを支える給費制
従来から司法修習の実効性を挙げるために司法修習生には職務専念義務を課している。この義務の重要性は、法科大学院が2〜3年、司法修習期間1年という短期間であり、今後、なお一層高まるであろう。給費制は、職務専念義務を課す一方で、その生活を保障したのである。今回、給費制を廃止しておきながら職務専念義務は残している。司法修習生に経済的に明らかに無理を強いている。
- (2)公共心の醸成−弁護士の社会への貢献・還元−
給費制は、弁護士の公共心や強い使命感の醸成を制度的に支えてきた。給費制が廃止となれば、弁護士になろうとする者の社会的責任(公益性)の形成によい影響を及ぼすわけはなく、ボランティア精神の減退や弁護士業務の営利化に道を開きかねない。給費されなかった金額、貸与された金額あるいはそれ以上の金額が、市民に対する弁護士報酬へ転嫁し、国民への負担として形を変えて現れることさえ危惧される。
- (3)多様かつ重要な司法修習への参加支援
法曹には「豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的知識、柔軟な思考力、説得・交渉の能力等の基本的資質に加えて、社会や人間関係に対する洞察力、人権感覚、先端的法分野や外国法の知見、国際的視野と語学力等」が一層求められている。これらは正に実践によって得られる。給費制は、多様かつ重要な司法修習への参加支援にも寄与していた。
- 4 医師養成との比較と給費制の予算
司法制度改革審議会は、弁護士に「国民の社会生活上の医師」であることを求めた。医師も民間であるからといって公共性が失われることはない。医師の養成については平成19年から臨床研修に国家予算の導入と定着化があり、現在、国家試験に合格した医師は2年間の研修義務があるが、研修中はアルバイトなしで研修できるようにしている。教育指導経費・導入円滑化加算費として平成16〜20年まで毎年約160億円から171億円の予算措置がなされている。
司法試験合格者が2300名から2400名で推移してきている現状では、司法修習生の給与に対する予算は、年間100億円を大幅に増加することはないと考えられる。
司法修習生を医師の研修と並行して考え給費制を維持することは可能なはずである。
- 5 戦略―取組みと将来的展望
司法制度改革の百年の大計に鑑みて、弁護士・弁護士会は、ここで物を言ってこそ弁護士であり弁護士会である。決して金持ちだけが法曹になれる制度にしてはならない。ただ、市民・マスコミ・国会議員の実感・理解を得られなければ物事は動かない。政権交代はチャンスとなるかもしれない。まずは冷え切った空気を暖めるために火をつける努力から始めなければならない。現在、日弁連司法修習委員会の発信で各地の弁護士会、弁護士会連合会が宣言、決議、声明を再び次々とあげ始めている。