会報「SOPHIA」 平成21年03月号より

心神喪失者等医療観察法付添人奮闘記(13)
医療(治療)か、福祉か−医療観察法の適用をめぐって


会員 田巻 紘子
1.被疑者とコミュニケーションがとれない
 名古屋市某区障害者地域生活支援センター相談員から「センターの利用者が警察に逮捕されたのですが…」と相談が舞い込んだのは10月中旬だった。被疑事実は強制わいせつ。公道上で女児に抱きついたというもの。
 被疑者は先天性の聴覚障害をもち、知的障害もあるという50代男性。相談員から意思疎通を図ることが難しいと聞いてはいたが、とりあえず一人で接見に出かけてみた。
 簡単な手話で自己紹介を試みてみるが通じていない様子。紙に簡単な質問を書いてその下に「はい いいえ」を書き、アクリル板越しに被疑者に見せてみる。質問を声に出して読み上げてはくれるものの、それが質問だと認識してもらえず、回答が得られない。視線を合わせることも難しい。被疑事実の確認も出来ないまま、すごすごと退散した。
2.早期釈放に向けて
 接見後、相談員と兄弟と私の3人で早速プチケース会議を開催。ご本人は両親と同居していたが、両親の高齢化のため支援が難しくなり、生活基盤が失われつつあった。しばらく前に兄弟がセンターへ相談し、ショートステイの利用を始めていたところだったという。
 初回接見の様子からして、ご本人は責任能力だけでなく訴訟能力も欠いていると思われた。事実関係は確認できないが、一刻も早く身柄を解放し、福祉につなげることが必要、と確認した。あわせて、ご本人は一人で在宅生活を続けることは難しいと考えられたので、逮捕を機に、継続的に入所出来る施設を探すこと、今後の支援についてセンターを中心に関係者で集まり、ケース会議を開いて検討することも決まった。弁護士一人だけではとてもできない方針の立て方である。
3.「精神障害」?
 簡易鑑定を経て不起訴処分、その後は福祉につなげて終了、と思われたが、実はこのケースも「心神喪失」状態で犯行を行った(可能性がある)として医療観察法の適用がある、と検察官に指摘され、どきっとした。
 その後、本件は医療観察法の適用事案ではない、支援も得られている、という意見書を出した。しかし、簡易鑑定で特段の精神疾患は認められないが医療観察法に基づく治療措置が必要と判断され、医療観察法の審判が申立てられることとなった(現行精神保健福祉法上の「精神障害」に知的障害が含まれていることも、恥ずかしながら初めて認識した)。
4.審判不開始にて終了
 起訴前の反省を活かし、裁判官には手続の当初から、治療可能性は認められず福祉の支援が必要な事案であるとの意見書を提出した。
 センターの尽力によりケース会議が2度開かれ、ご本人の学校時代を知る、ろう者の方にご本人に面会していただく機会も得た。手話・筆談での会話はやはり難しかったが、ろう者の方の“コミュニケーション力”を活かした働きかけの結果、面会の最後には少し、「ご本人が応じてくれているかも?」という気持ちになった。今後、できれば聴覚障害と知的障害等の重複障害に対応する施設で過ごすことがいいかもしれないね、という方針を関係者で確認した。
 ご兄弟やセンター相談員には、鑑定医や社会復帰調整官と、何度も面接していただいた。
 本鑑定医の鑑定は、ご本人は「中等度ないし重度の精神発達遅滞」という精神障害であるが、治療効果を期待することは難しく医療観察法によって処遇すべきではない、との意見であった。その意見を受け、審判不開始にて終了となった。
5.ご本人は逮捕・勾留の20日間に加え、結局、医療観察法の手続きにより約3ヶ月、入院した。その後、施設の空きを待って入院を継続せざるを得ない状態が続いている。しかし、関係者の尽力により、桜が咲く頃には、施設に入所できる見込みである。
 医療観察法の対象範囲を考えさせられるとともに、支援者の存在の大きさを感じさせられた事件であった。





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