会報「SOPHIA」 平成21年02月号より

「これだけは知っておきたい 裁判員のためのABC」開かれる


会員 櫻井 博太

1 裁判員裁判が秒読み段階に入った平成21年1月31日。名古屋市内のテレピアホールにて、当会主催の裁判劇とジャーナリスト大谷昭宏氏による講演会が実施された。題して「裁判員のためのABC」。
 土曜日の午後だというのに来場者は250人を数え、開演前から会場は熱気に包まれた。裁判員制度に対する関心の高さを物語る一幕である。

2 裁判劇は、現住建造物放火未遂罪の否認事件を題材として、裁判員に選ばれてから公判と評議を経て判決に至るまでの一連の手続きを描くもの。一般市民の方にも裁判員役として迫真の演技を披露いただいた。 
 事案の論点は多岐に亘るが、外せないのは被告人による自白の任意性と信用性の論点である。設定されたのは、否認→自白(勾留延長になった頃)→否認(起訴後)というケース。模擬法廷で検事調べの一部を録画したDVD(一部録画)が再現された。
 評議の場では、やはり一部録画の問題性が俎上に上った。意見として多かったのは、取調の全体を見たい、というもの。中には、一部録画では本当のことが分からない、という意見もあった。取調は長期間に及ぶ。その中の一部だけを可視化することにより、かえって不自然さが増幅されているのかもしれない。「その裏で何があるのだろう。それ以外の部分を見せないのは何故?」と疑問に思うのは人間の本能である。この点に目をつぶって被告人を断罪しようとしても、健全な市民感覚がこれを許さないのではなかろうか。裁判員裁判において、弁護人は、健全な市民感覚を法廷に顕出するという極めて重大な使命を帯びることになろう。
 なお、幸いなことに判決は無罪であった。
 第2部の講演会は、大谷昭宏氏と当会の山田幸彦会員が裁判員裁判のあり方をめぐって討論する形式で進められた。大谷昭宏氏は言わずと知れた理論派ジャーナリスト。多くのテレビ番組で硬派の論陣を張る論客である。
 裁判員制度に対する大谷氏の論は、「総論賛成、各論反対」というもの。司法に対する市民参加の必要性という観点から裁判員制度を積極的に肯定しつつも、現行予定されている制度では、裁判員に選ばれた人に過大な義務と負担を強い、その反面冤罪を防ぎきれない、という論である。
 大谷氏は、いわゆる志布志事件を例に挙げ、同事件は単なる冤罪ではなく、事件そのものがねつ造された事件であると痛烈に批判し、同事件を氷山の一角と位置づける。その上で、大谷氏は、裁判員制度を根付かせるためには、二度とこのような事件が起きないことを担保する必要があり、そのためには、取調状況を全部可視化することが不可欠だと論ずる。
 もとより、取調状況の全部を可視化する必要があることは夙に指摘されているところであり、弁護士会としても日夜議論を重ねてはいる。しかし、相変わらず、検察や警察の反対論は根強い。
 これを打ち破るのは、やはり健全な市民感覚である。そのためには、大谷氏が論じるように、弁護士会による理論武装とマスメディアが車の両輪となることが必要なのかもしれない。





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