会報「SOPHIA」 平成21年02月号より

刑事弁護人日記(65)

印象に残った刑事弁護事件


会員 佐竹 靖紀

  1.  始めに
     昨年の10月で弁護士5年目になる。私が弁護を担当した刑事事件はそれほど多いものではないが、それでも印象深い事件は何件かある。今回は、そのうちの1件の弁護活動を振り返ってみたい。
  2.  受任に至る経緯
     とある刑事事件で被告人と接見をしているときに、被告人から、同じ場所で勾留されている知人の弁護をして欲しいと頼まれた。控訴審の弁護の依頼であった。無下に断るわけにも行かず、日程を合わせてその知人と接見をし、事情を聞いて受任することになった。
  3.  事案の概要
     本件の罪名は殺人未遂と銃刀法違反(以下では銃刀法違反の点は割愛する)であり、被告人が、殺意をもって、刃体約20センチメートルの出刃包丁を被害者の背中に突き刺して全治約3ヶ月の傷害を負わせたとして起訴された事案であった。
     なお、公訴事実は上記のとおりであったが、本件には、次のような事情があった。
     すなわち、被害者は、被告人の娘と交際をしていたが、被害者が被告人の娘に暴力を振るうため、被告人の娘は被害者と絶縁を望むようになり、被告人もまた、普段から素行が悪いことで評判であり、娘に暴力を振るう被害者が娘と交際を続けることに反対していたところ、被害者が被告人の娘を刃物で脅して自動車で連れ回し、被告人に対して「殺してやる」などと叫んで挑発するなどしていたという事情である。
  4.  第1審の判決
     1審の弁護人は、この様な事案で、被告人の殺意を争ったほか、事件後、警察へ任意的に出頭をしたという善情状のみを主張し、立証活動としては被告人質問と証人尋問(目撃者)を行っていた。
     なお、本件はおよそ2年前の事件であり、公判前整理手続きに付されていたが、殺意を否認する事件であるにもかかわらず、公判前整理手続期日は1回で終了し、公判期日も1回で終了していた(弁護人は当会の会員ではない)。
     結果は、検察官の求刑が懲役5年であり、判決は懲役3年の実刑判決であった。
     被告人は、かなりの確率で執行猶予が付くと説明を受けていたらしく、その落胆ぶりは明らかだった。
  5.  控訴審の弁護活動
     控訴審では、@被告人の行為には正当防衛が成立する、A仮に被告人の行為について正当防衛が成立しないとしても、過剰防衛が成立する、B被告人には被害者殺害の故意はなかった、C刑の量定が不当である、旨の主張をしたが、弁護活動の重点は、量刑不当の主張を基礎づける被害弁償であった。
     ところで、本件は被害者、被告人ともに外国人で、被害者は事件後病院へ運ばれて入院していたが、退院後の行方が分からず、治療費も支払われていないという状況であった。
     そのため、被害弁償をするにしても、被害者に連絡を取れなければどうしようもないと思っていたところ、被告人の弁護をお願いされたときに同行していた通訳人から、被害者に連絡が取れそうだと言われたので、その通訳人に頼んで被害者を捜し出してもらい、被害者への連絡を試みた。
     被害者は地域で有名な悪(ワル)と聞いていたが、被害の弁償をしたいと伝えると、気安く応じてくれるようだった。
     当初、被害者からは、病院から治療費として約190万円の請求を受けており、まず、その支払いをして欲しいといわれた。
     もっとも、被告人は勾留されており、被告人の親族にも直ちにそのような大金を支払う余裕はなかったため、被害弁償の一部として20万円を支払い、その受領証を受け取った。
     第1回の公判期日には、上記受領証等の書証調べがなされたが、裁判所からは、さらなる被害弁償の見込みを尋ねられたので、検討をする旨回答すると、弁論が終結された(被害弁償が出来たら弁論を再開して証拠調べをすることが前提)。
     その後は、さらなる被害弁償に向けての活動が始まった。
     当初、被告人の親族は、190万円もの金額をどうやって支払うのかと途方に暮れていたが、被害者の治療費の一部が負担率100パーセントになっていたため、この点について病院に問い合わせをしたところ、病院の方で保険利用の手続を行い、請求金額が70万円程度に縮減された。
     その後、被告人の親族に対し上記経緯を伝えると、その程度の金額であれば支払いが可能であるということで、被害者に対して追加で70万円の支払いをすることになった。
     もっとも、この70万円の支払いについては若干の困難があった。
     被害者とは示談交渉のため3回程会っているのであるが、一度目に会ったとき、被害者には日本語が通じないため、治療費についてはこちらから病院へ支払っておいて欲しい旨お願いされていた。
     そのため、被害者の了解を得て病院へ連絡をし、治療費の支払いをしたい旨を伝えていたのである。
     ところが、示談書を作成するために判決期日の少し前の日に面会の日程を入れていたのであるが、このときに、病院への治療費は自分で支払うので、準備した金額は自分に直接支払って欲しいと言い出されたのである。
     病院に対してはこちらから支払う旨説明した手前、易々と被害者に弁償金を支払って良いものかどうか迷ったが、結局、病院へは被害者が自分で支払うと言っている旨を説明し、被害者へ直接支払うこととした。
     もっとも、この様なやりとりをしたのが既に指定されている判決宣告期日の直前であり、判決宣告期日までに被害者ともう一度面会し、被害弁償にこぎ着けることは不可能であったため、裁判所に事情を説明して被害弁償にかかる見込み期間を伝え、期日変更の申立をした。
     その上で、変更後の期日までに残りの被害弁償を行い、被害者からは示談書、受領証をもらい、公判で示談書、受領証等の証拠調べを行って結審した。
     結局、被告人は親族を通じて被害弁償として合計で90万円(治療費と慰謝料の名目)を支払い、控訴審の判決では原判決が破棄され、懲役3年に5年間の執行猶予が付いた。
  6.  終わりに
     ところで、この事件は、通訳人の活躍がなければ到底この様な弁護活動をする事は出来なかった事件である。
     被害者が仕事をしているため、夜遅くに行われることとなった示談交渉の際に通訳を引き受けていただいたこともそうであるが、何よりも、退院後行方が分からなくなり、おそらく検察官でも行方を把握していなかったであろう被害者を、どのようなルートを使ったかは知らないが、探し出して示談交渉の道を開いていただいた。この様な通訳人の助力を得られた被告人はとても幸運である。
     判決後、被告人は大変喜び、私に何度もお礼を言ってくれたが、私からは、自分よりも大きな活躍をした通訳人に感謝をして欲しいと伝えておいた。 





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