- ☆ 判検弁警一体研修
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研修は、ウランバートルの国立法律センターと、ゴビ砂漠(ドンドゴビ県)の研修施設で、2日間ずつ実施した。ウランバートルでの参加者は約20名(弁護士、裁判官、検察官、警察官、公証人)、ドンドゴビ県での参加者は41名(弁護士4名、裁判官22名、検察官5名、警察官7名等)であった。
判検弁が一緒になって研修に参加することは日本では考えられないが、それぞれの役割に応じた倫理を互いに理解しあう上では効果的かもしれない(たとえば、裁判官や検察官が弁護士の守秘義務や依頼者の立場に立った防御権を理解することが期待できる)。なお、モンゴルの警察には取調官がおり、社会主義と訣別した現在でも強い権限を行使していて、法曹の一員と見なされているようだ。
- ☆ 守秘義務と通報義務
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研修は、法曹倫理は誰でもいつでも権利保護できる正義の権力を維持するのに不可欠の要素であるとする森際の基調講演で始まり、その後、守秘義務、利益相反、裁判官の独立など、弁護士倫理を中心に事例をグループで討議し、それを全体で検討するという形式をとった。
ウランバートル研修はトレーナー(法曹倫理の講師や講師予定者)が対象であったため、レベルは高かった。顧問先の食肉会社幹部から食肉汚染を告白され、社内での働きかけでは出荷を止められそうにない時、弁護士はどう対処すべきかとの設問について、辞任して公表するという参加者は1名だけであり、大半は、守秘義務を遵守すべきだとした。
<ウランバートル研修会場にて>
これに対しドンドゴビ県の研修では、公表するという意見が過半数を占めた。警察官の参加者によれば、刑法で、殺人や傷害などを防止するために通報義務が課されており、これを怠ると通報懈怠罪として処罰される。弁護士にも適用があるという。私たちは、この規定は削除済みと思っていたが、生きているとすると、モンゴルの弁護士は、弁護士倫理を遵守する義務と法を遵守する義務との相克に悩まされることになる。米国で記者が取材源を秘匿すると証言拒絶罪や法廷侮辱罪に問われるのと同様の問題である。社会主義時代の国益優先主義の名残と思われる。私たちは、弁護士の守秘義務は立憲民主主義の司法制度を維持するのに不可欠の要素であり、それがひいては公益につながることを強調した(守秘義務がなければ、そもそも誰も弁護士に相談しなくなり、司法制度への信頼が崩れ、違法・脱法行為へのまともな歯止めがなくなる)が、どこまで理解されただろうか。
- ☆ 守秘義務と真実義務
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上記の問題は、依頼者に対する守秘義務と国家に対する真実義務との問題にも関連する。
ある参加者から、「弁護人が被告人の前科の有無について裁判官から質問されたとき、どう答えるべきか」との質問が出されたことを思い出す。さすがに他の参加者(公証人)が、「裁判官がそのような質問を弁護人にすること自体が許されない」と反論していたが、1992年まで社会主義国であったモンゴルでは、まだまだ国家に対する真実義務の意識が強く、当事者の防御権が真に理解されるにはまだ努力が必要と思われた。
<ドンドゴビに向かう車中から>
- ☆ 懲戒委員会と倫理委員会
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研修とは別に、弁護士会の懲戒委員会および倫理委員会とも意見交換をした。
モンゴルでは、弁護士の懲戒は弁護士会が審議をするが懲戒処分権限はなく、処分は弁護士会の上申に基づいて法務大臣が行う。しかも弁護士会の上申どおりの処分がなされるとは限らず、法務大臣の処分には政治的な配慮が働くようである。ただし、今年中には、弁護士会に懲戒処分権限も認められる見込みであるとのことであった。弁護士自治への大きな前進である。弁護士会には懲戒委員会のほか倫理委員会も今年設立され、会員に対する倫理研修を実施している。
懲戒委員会は、モンゴル各地から寄せられる弁護士への苦情のうち、倫理に関するものを調査し、懲戒処分を上申する。年間約100〜120件の苦情のうち、40〜50%が倫理に関する案件であるという。具体的には、期日を延期させる、出頭しない、依頼者が満足しない、報酬トラブル等であるが、会費滞納も多い。
懲戒処分は裁判所に通知されるが、日本のように官報や弁護士会の機関誌で公表される制度はない。当方からは、処分理由を付して公表するのが防止策として有効であろうと示唆した。
- ☆ モンゴルの弁護士
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モンゴルの弁護士は、石畔が4年前に米国法曹協会の依頼で訪問したときと同じ約1,000名で、他国では弁護士人口増が顕著だというのにほとんど増加していない。実働は約700名にすぎず、他は民間企業に勤務したりしている。会費滞納による大量除名処分もあり、180名余りの会員が処分されたという。
受験者も減っている。弁護士試験合格者は毎年約120名であるが、受験者は、以前の約1,000名から500名前後に減っているという。受験資格として2年間の就労経験が要求されているのが足かせとなっているとのこと。
- ☆ 裁判官
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裁判官は、大学を出て裁判所書記官や職員として勤務した後、試験を経て採用される。弁護士からの任官はない。給与は低く、裁判官の給与だけでは生活困難という。共働きの女性裁判官が多いのもそのためかもしれない。
- ☆ 石畔の感想
ドンドゴビ県の研修施設はゴビ砂漠の中にぽつんとある粗末なものではあったが、夜には判検弁警が仲良くゲームやディスコ、モンゴルダンスを楽しんだ。ただ、踊りながらウォッカを飲まされるのには参った。ことあるごとに飲む馬乳酒も丼で回し飲み。余ればバケツに戻す。モンゴルでは、逞しくなければ生きていけない。
- ☆ むすびに
当会の田邊会員の後任でJICAに出向していた飯塚美葉弁護士には、研修全般のお世話をしていただいた。多謝。その飯塚弁護士も帰国され、今後のモンゴル法整備支援には、これまで以上の当会や名大の協力は欠かせないだろう。
<ドンドゴビ研修参加者らと研修後の遠足地にて>