会報「SOPHIA」 平成20年9月号より

子どもの事件の現場から(75)
「心の支え」


会員 朝倉 寿宜


  1. とある当番弁護士の待機日、出動を命じられたのは名北留置場。18歳の女の子が被疑者だった。家出して転がり込んだ彼氏の家で、一緒に覚醒剤を使用したというのが被疑事実。彼氏のDVについて警察に相談に行った際、関係を断ち切って立ち直るために、自分から覚醒剤の使用を自白したとのことだった。彼氏を重く罰してほしい、少年院も覚悟していると涙ながらに語る彼女。初回から素直に考えを話してくれたと感じた。

    …ん?初回、なんだよな…。スムーズに行きすぎたことが、かえって不安に思えた。


  2. 劣悪な家庭環境で育ち、家には母が連れ込んだ男性が仕事もせずに寝起きしている。そんな家にいたくなかった彼女がまず考えたのは、結婚することだった。そこで普通の優しい男性と付き合ったものの、どうにも物足りない。結局好きになってしまったのが、くだんのろくでもない男だった…。

    非行で少年院を経験し、今は暴力団にもつながっているという彼氏は、覚醒剤をやめられず、ろくに仕事もしない。母親や友達から早く別れろと勧められるのも当然なのだが、彼女はそんなダメ男との関係を断ち切ることができなかった。一度別れはしたものの、寂しさからシンナーに手を出して検挙され、よりを戻した後は一緒に覚醒剤を使用するようになってしまった。結局、どちらの罪も、彼氏との関係に原因があったことになる。

    彼氏の方も逮捕され、公判を待つ身となったとの情報も入り、関係断絶も順調にいくかと思いきや、「別れるつもりだけど、本当に反省して覚醒剤もやめるなら、許してあげてもいいかな」などと言い出す彼女。

    おいおい、話が違うぞ…。


  3. 彼氏を含む暴力団絡みの関係を断ち切り、正常な生活を送れる環境を整えられるかどうかが、処分内容を左右する。方向性は二つ。

    @住み込みで働ける先を探す。
    A自宅で落ち着いて生活できるようにする。

    しかし、前者はそもそも候補自体ほとんどなく、後者も母親の交際男性の存在が大きなネックとなっている。母親が別れてくれればよかったのだが、調査官面接の際、男性の話が出た途端に「別れろってことですか!?」とかみついてくるようでは、甚だ期待薄。もともと彼女も母親に対する強い不信感があり、母親の方も娘にどう接してよいか分からないようなので、いったん自宅に戻ってもすぐまた家出ということになりかねない。かといって、母親も虐待を受けて育ってきており、強くなれというのも酷だ。

    母と娘、それぞれが心の支えとするものが、それぞれの足を明らかに引っ張っている。にもかかわらず、それを捨てることがどうしてもできない…。決め手のないまま、審判の日を迎えることになった。


  4. 結局彼女に言い渡されたのは、少年院送致。やはりこのまま家に戻すことはできないという判断だった。裁判官が退廷した後、「最初から決まってたんや!絶対許せん!絶対別れたらん!」と泣きわめいた彼女の態度には、明らかな人間不信の思いが表れていた。


  5. 審判から3ヶ月後、彼女から「元気でがんばっています。一から人生をやり直したい」という手紙が届いた。彼女の望む処分を得ることはできなかったけれど、彼女の心に何かを残してやることは、できたのかもしれない…。





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