会報「SOPHIA」 平成20年07月号より


子どもの事件の現場から(73)
社会資源としての父母


会 員  柳 瀬 陽 子

少年の父母は、本来、少年を支える社会資源として最も有力であって欲しい存在です。

しかし、実際には、生活していくだけで精一杯であるなど、様々な事情により、父母が社会資源たり得ないケースは非常に多く、附添人としての悩みは尽きません。

私が何回か附添人を担当した少年の母親は、数回に亘って結婚と離婚を繰り返しており、最終的に彼女には、少年を含め父親の異なる子どもが3人いました。

彼女は、少年が窃盗事件で逮捕勾留されたとき、当番弁護士を申し込み、審判までに何回も少年と面会し、調査官の調査にもきちんと対応し、当然、審判にも出席しました。少年が少年院送致となった後も、少年院へ面会に出向いていました。

このことからもわかるとおり、少年の母親は、彼女なりに少年のことを心配し、そのときに自分にできることを一生懸命やっていたと思います。

でも、少年が最も母を必要としたときに、彼女は少年の気持ちに応えることができませんでした。

2度目の少年院収容中、少年は母親に宛てて手紙を書きました。「自分は、義父とはうまくやっていく自信がないので、少年院を出たら、家に戻ろうとは思っていない」。それに対する母の返事は、「家に戻ってくるかは(少年が)決めればいいと思います」というものでした。少年は、私宛の手紙に「自分から帰らないことを伝えたのに、なぜか悲しくなり、おかしな気持ちです」と、自分の気持ちを書いてくれました。

自分では戻らないと言っていても、それは虚勢であって、心の底では、少年は母親から戻っておいでと言われることを望んでいたのだと思います。

母の愛を確信できず、悲しみを抱えながらの出院であったためか、彼は住み込みの就職先でしばらく働いていたものの、人間関係がうまくいかなくなり、そこを辞めると、祖父母宅に身を寄せました。

私も、何度か職場の悩みに関する相談メールをもらい、その都度、私なりにアドバイスもし、少年を励ましたつもりでしたが、彼を見ていると、自分で自分を縛ってがんじがらめにしてしまった末に疑心暗鬼に陥り、自分から人間関係を壊してしまうことを繰り返しているようでした。

その後も、彼の生活は、順風満帆とは正反対の状況で、少年が焦れば焦るほど、事態は改善せず、そのことで、更に少年は自分自身に対する嫌悪感を深め、周囲にあたってしまう、という悪循環が続きました。

少年の周囲の人達は、彼らなりに少年のことを心配して面倒をみているのですが、少年自身にその愛情が伝わらないがために、彼はどこにも自分の居場所がないと思いこんでしまっているように見えました。

最近、久し振りに彼に電話をすると、開口一番、「元気にやってますよ! 悪いことは全然してないっす!」と明るい声が聞こえてきました。私は、そんなこと全然気にしてないのに、何でそんなに無理するかなあと、少々切なくなりました。

その後、一度、彼と会う機会がありました。初めて会ったときの無邪気な彼とは違い、自分を痛めつけ、疲れ果てた青年の姿がありました。

いつか、彼にも、悲しみを乗り越え、自ら人生を切り開くことができるときが来ることを願いつつ、せめてその日まで、彼にとって、いつでも頼っていい存在であり続けたいと思います。





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