会報「SOPHIA」 平成20年04月号より

子どもの事件の現場から(70)
ある「幸せ」な少年の事件


会 員 山 田 麻 登

  1. その少年は19歳の男子、他県の高校を卒業後、親元を出て名古屋で暮らしていた。

    過去にグレたこともなく、前歴もない。温かな家族に包まれて、健やかに育った彼の実家は、地元では有名な飲食店で、家の仕事を手伝っているうち彼は、自分も料理人になって、将来は自分の店を持ちたいという夢を抱いていた。独立心旺盛な彼は、あえて親に頼らずに、自分で求人を探して、高校卒業後、全国展開の飲食チェーンに就職し、初任で名古屋に配属。日々真剣に仕事に励み、その年齢にしては少なくない給料を取っていた。彼は真面目に半年働き、生活も安定してきたので、将来を約束した彼女を故郷から名古屋に呼び寄せ、一緒に暮らしていた。酒もタバコもやらず、趣味といえばたまにゲームセンターに行くくらい。貯金も順調に貯まってきていた。


  2. という、前途洋々、順風満帆とも見えた彼が窃盗事件を起こして逮捕されてしまう。

    事件は、彼の唯一の趣味であったそのゲームセンターで起きた。その日は、ついつい熱中しすぎて、給料日前だというのに手元のお金を使い果たしてしまった彼。その目の前に、不運にも、口が開いたバッグが置かれ、財布が顔を覗かせていた。そして彼にとってなお運の悪いことに、持ち主と思われる女性はゲームに集中していて全くこちらに注意を払っていなかった。これまでに万引きすらしたことのなかった彼だったが、しばしの逡巡の後、誘惑に負け、その財布をバッグから抜き取ってしまったのである。

    その様子は、店の防犯カメラに克明に捉えられており、数日後、彼は警察に逮捕。事案としては軽微といえるが、親元から離れて暮らしているという独立心が裏目に出て、逃亡のおそれありとして勾留されてしまった。

    両親にとってはまさに青天の霹靂。心配のあまり、仕事が終わるや否や、200キロ以上の距離を高速飛ばして連日面会に来てくれる。これだけでも、彼がいかに「幸せ」な境遇かがわかろうというものである。両親からの当番弁護士出動依頼があり、彼と接見の上、私選での受任となった。少年事件で、扶助ではない私選事件というのは、実は筆者にとって初めての経験である。


  3. 受任後数日で家裁送致されたため、すぐ家裁に対して、観護措置取消と彼の実家を管轄する家裁への移送を求める意見書を出した。実家に戻って家族が身柄を引き受けるので、どうか在宅にして欲しいという趣旨である。これが両方とも認められ、鑑別所に一泊しただけで身柄を解放されたので、本人・両親の喜びはいかばかりか。

    せっかくの会社だったがやむなく退社、アパートも引き払って実家に戻る彼。一方筆者としては、移送後も続けて受任し、名古屋で被害弁償・示談を進めることになった。

    その後、無事に示談も成立。実家に戻った彼の生活態度にも全く問題なく、調査官の覚えもめでたい限り。数ヶ月後に出た審判の結果も「不処分」であった。


  4. という、付添人としては最初以外ほとんど活動しておらず、端から見れば、「あっそう、楽なケースでよかったね」としか言いようがない報告なのである。彼に関しては、「良い子だが実は心に闇を抱えていた」というような、ありがちなストーリーを語ることもできない。しかし、彼のような、一見して非の打ち所のないような少年も当事者になったという事実は、「事件を起こすような少年は家庭環境もろくでもないはず」というのが偏見に過ぎず、誰もが加害者になり、被害者にもなりうるのだという、立場の互換性を改めて思い知らせてくれるのであった。







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