会報「SOPHIA」 平成20年03月号より

裁判員裁判:参加しやすい裁判をめざして!
第1部 裁判員劇〜あなたはどう裁きますか?
第2部 対談・「家栽の人」原作者毛利甚八さんと語る
〜裁判員裁判が成功するカギ〜


会 員 上 野 泰 好

平成20年3月8日、東海テレビ・テレピアホールにて、愛知県弁護士会・裁判員制度実施本部主催による上記表題の裁判員劇及び対談が開催された。裁判員劇では、当会会員の他、裁判員役6名中5名につき一般市民の方が参加し、会場は約300名もの観客による熱気に包まれるなど、裁判員裁判についての市民の方々の関心の高さを実感した。

その模様を一部紹介したい。



第1 第1部:裁判員劇

1 事案及び争点

被告人は、妹が、既婚者である被害者男性と交際していることを知り、妹を取り戻すため、ナイフを用意して、被害者宅へ向かった。玄関において被害者ともみ合った際に、被害者の左腹部を一回ナイフで刺し、全治約2週間の怪我を負わせた、との事案。@被告人が自らナイフを突き刺したか否か、A殺そうと思って突き刺した否かが主な争点とされた。


2 2つの裁判体

この1つの殺人未遂事件をめぐってAコート(従来の裁判実務を維持する裁判体)と、Bコート(従来の裁判実務を改善しようとする裁判体)の異なる裁判体の審理及び評議が対比的に描かれた。Aコートの裁判官3人とBコートの裁判官3人を舞台中央の上下に各配置し、裁判員6人が3人ずつ中央の各裁判官を挟む形で左右に配置された。その上で、Aコート、Bコートへのスポットライト操作により、各々の審理・評議が展開されていることが、観客に見て分る様、工夫がなされた。

Aコート→Bコートの順に、@冒頭手続→A冒頭陳述→B医師証人尋問→C取調官尋問(可視化ビデオの上映)→D任意性の評議→E罪体の評議、と一幕毎に対比的に展開。また、各コートの一幕終了毎に、コメンテーターの舟橋直昭会員より、A・B両コートの比較ポイント、裁判員制度・刑事裁判の今後の課題等の簡明な説明がなされ、観客にわかりやすい工夫が随所になされた。


3 Bコートの工夫の具体例
@起訴状における専門用語の簡略化、A冒頭陳述における争点の明確化、裁判員への予断排除(事実を簡潔に述べ、前歴や曖昧な表現を削除)、B尋問の明確化・ビジュアル化(医師の尋問では、専門用語を言い換え、事案の核心と関係のない質問を省き、傷の深さを測った器具の実物の提示等によるビジュアル化を図った)、C取調べの可視化に関する問題提起(警察官の取調べ状況につき、警察官役の横山貴之会員による迫真の演技を含む疑似ビデオ上映により、観客に取調べのある実態を印象づけた)、D上記取調べの可視化による任意性判断の容易化、E罪体の評議の柔軟化(争いのない事実の書面化により争点を明確にした上で評議を行い、殺意の認定に関する従来の議論にとらわれず、各裁判員が感じた素朴な疑問、感覚を裁判官にぶつける等の評議・採決が指向された)。

今回の裁判員劇は、裁判員らの任意性・罪体に関する評議でのやりとりをメインに行われた点で、他の模擬裁判と異なる面白い企画であった。裁判員裁判のキャッチフレーズである「私の視点、私の感覚、私の言葉で参加します。」が奏功するかは、裁判員劇におけるAコートの問題点を意識して、Bコートの各工夫が実際になされ、「裁判員が参加しやすい裁判」がなされる必要を実感した。

裁判員裁判:参加しやすい裁判をめざして!01 裁判員裁判:参加しやすい裁判をめざして!02


第2 第2部:対談〜毛利甚八さんと語る
 

第1部の裁判劇の後、岡村晴美会員を総合司会とし、毛利甚八さんと北條政郎会員による「裁判員裁判が成功するカギ」をテーマに対談が行われた。対談の中で、毛利甚八さんから、多数の提言がなされたが、その主要な点は、次のとおりである。


  1. なぜ裁判員裁判が必要か:現在の刑事裁判が決して裁判官・検察官・弁護人(被告人)の間の正三角形になっていないことから、公平を図るためである(判検一体の排除)。裁判に市民の心を!裁判員には是非、裁判官の心の中をのぞいて欲しい。


  2. 裁判員裁判のメリット:でたらめの調書の効力が抑制される、マスメディアが作る犯人像との比較や、刑罰を科す悩み・評議の結果等を裁判員が持ち帰り、社会へ還元する必要がある。守秘義務の問題があるが、裁判員裁判を育てるのであれば、自由に発言できる土壌が必要である。


  3. 裁判員裁判の成熟化:現在の左陪席が部長級(裁判長)になる位のある程度の時間がかかること、小・中学校での法教育が必要であること、専門用語を市民の言葉に還元し分かりやすく表現する必要があることなど。


  4. 量刑の問題:事実認定自体は、被告人本人や、現実の証拠等を目の当たりにして、通常のバランス感覚を働かせれば、一般市民の方(裁判員)でも可能。これに対し、量刑の問題は、懲役1年と2年の差は不明で、裁判員はどうしていいか分らないはず。そこで、裁判員候補者に送られるハガキを切符としていつでも刑務所見学をできるようにすること等により、行刑(懲役の内容等)の基礎情報を裁判員に提供するべきである。


  5. えん罪防止:取調べ状況の可視化が必要であり、可視化なしに裁判員裁判は機能しない。


  6. 証拠開示の必要:検察官が都合の悪い証拠を知っていながら隠すことがあり、えん罪につながっている。公判前整理手続を活用して、日弁連(弁護士)は、検察庁と激しくぶつかり合って証拠開示を充実させて欲しい。


  7. 最後のメッセージ:裁判官一人一人は意外といい人である。組織の中でいじめられるのが嫌で、被告人にあたっている部分がある。市民が裁判に参加して裁判官にメッセージを与え、裁判官をいい場所に連れて行って欲しい。また、裁判に行ったことがない人は、是非法廷傍聴に行って裁判所は怖くないところであることをまず実感して欲しい。


  8. 裁判員になったら、読んで欲しいお勧めの参考図書:浜田寿美男著「自白の心理学」(岩波新書)、加賀乙彦著「死刑囚の記録」(中公新書)。また、日弁連監修・発行の毛利甚八さん原作の裁判員裁判のPRマンガ「裁判員になりました」参照。

    北條会員からは、弁護士、弁護士会としての刑事裁判への取り組みの紹介が多数なされた後、最後に、裁判員制度を意義あるものとするために、市民の方は恐れずに勇気を持って参加して欲しい、誰でもできる、素直に意見を出して欲しい、などと期待が寄せられた。






行事案内とおしらせ 意見表明