会報「SOPHIA」 平成20年03月号より

子どもの事件の現場から(69)
調査官のひと言
「お母さんは、この子を本気で叱ったことがありますか?」

会 員 吹 野 憲 征

 少年の保護者の調査面接に同席していたとき、少年の生育歴を一通り聴いた後、調査官が投げかけたひと言です。

 少年の母親は、少年が幼少時に離婚し、父親との交流はなく、少年には父親の記憶はありません。少年は、保育園の頃から、落ち着きのない面があったようで、学習障害を疑われた時期もあったと言い、教室から排除されるような雰囲気を感じていたそうです。少年の母親は、保育園・学校での先生の対応に不信感を持つことが多かったと言います。

 中学生になってから、次第に遅刻・欠席が増え、少年は同じように学校を欠席している仲間たちと行動を共にする時間が増え、たまり場となっていた仲間の家で過ごすことが多くなりました。こうした仲間たちとの交遊が、中学卒業後も続き、恐喝事件を引き起こしてしまい、逮捕・家庭裁判所送致となりました。

 少年の母親は、少年のこのような生活状況や、交友関係を心配してはいました。しかし、少年の母親は体調を崩しがちな中で、仕事を休む訳に行かず(離婚に伴う慰謝料・養育費は全く受け取っていません)、夜は早めに就寝していたので、就寝後の少年の行動までは目が届かなかったと述べていました。実際、少年は、母親の就寝後にたまり場へ遊びに行くことが多かったのです。

 保護者の調査面接前に、少年の母親と面談して以上のような経緯を聴いていた私は、監護意欲は強いものの、こうした健康面の問題等から、実際の監護が十分ではない点が問題だと考えていました。

 ところが、少年の母親は、冒頭の調査官の問いかけに対して、一瞬はっとした表情を浮かべ、しばらく考えた後、夫との離婚原因は、夫の母親との折り合いが悪かったためであること、少年は、顔立ちが少年の母親と似ていて、夫の母親は、それが面白くなく、少年を蔑むような態度をとっていたので、少年の母親は、少年が不憫だと強く感じていたこと、自分と夫の母親との不和が原因で離婚してしまい、父親のいない家庭にしてしまったとの思いが強く、少年に対しては、負い目を常にどこかで感じていたので、これまで何かにつけて、少年を庇うような姿勢になりがちであったこと、そのために、本来であれば、少年を叱るべき場面でも、叱ることがなかったことなどの話をしました。

 私は、保護者の調査面接前に少年の母親から話を聴いた時点では、やや学校の先生に対する不信感が強いようには感じていましたが、このような離婚の経緯との関連などには全く思いが至っていませんでした。

 審判の場で、少年の母親は、本件を機に考えたことを尋ねられ、上記の話を再度しましたが、真剣な表情で聞き入っていた少年の表情がとても印象的でした。

 審判までの限られた時間の中で保護者の調査面接に同席する時間を確保するのは、難しいこともありますが、見えていなかった部分に気づかされたり、初めて聴く話が出てくることもあり、事案の理解が深まることが多いので、出来る限り保護者の調査面接には同席するようにしています。






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