会報「SOPHIA」 平成20年01月号より

【ためになる実務】
有罪答弁制度(アレインメント)の導入について


司法制度調査委員会 刑事部会 委員
近藤 朗

1 今何故、有罪答弁制度か?

有罪答弁制度とは、被告人が、公判廷において起訴事実に対し有罪答弁をした場合に、通常の事実審理を経ずに直ちに量刑手続に入ることができる制度である。

では、何故今、この有罪答弁制度が問題とされるのであろうか?1つには、法務省、警察庁は、「わが国の犯罪情勢が、凶悪化、組織化、複雑・大規模化している」ことを前提に、「新たな時代に対応するための捜査・公判手続きのあり方」を検討するべきであるとし、その目玉として「刑事免責制度」等と並んで「有罪答弁制度」を掲げる動きを始めている。また2つには、刑事弁護に積極的な弁護士の中にも有罪答弁制度の導入を主張する者がある。

そこで日弁連刑事法制委員会では、平成19年11月28日、龍谷大学教授福島至氏を招いて勉強会を行った。本稿は、上記勉強会の報告である。


2 制度導入可否のポイントは何か?

導入肯定説はその必要性について、次の2つを掲げる。すなわち、・自白事件については有罪答弁によって早期に決着させ、他方で否認事件一般や公選法違反、贈収賄等審理が困難で長期化する事件に余力を集中する方が、刑事司法の適正な運用を図ることができる(司法合理化の利益)。・有罪を争わない被告にとっては、早期に決着することが可能となることにより、手続の負担が軽減される(被告人の利益)。

ただ、解釈上、導入肯定説は次の2点を避けて通ることはできない。その1は刑訴法319条2項「被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。」を受けた同条3項「前2項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。」の存在である。有罪答弁制度導入のためには、刑訴法319条3項の改正が必要であるというのが一般である。また、その2は、憲法38条3項「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。」の存在である。同項が、刑訴法319条2項のみならず、同条3項を直接に要請しており、したがって、「起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合にまで補強証拠を要求する趣旨である」とすれば、刑訴法319条3項改正は、同項に違反し許されないことになるのである。

ただ、憲法・刑訴法の趣旨に言及するまでの紙面も能力も与えられていない。そこでここでは、いずれの立場に立つにせよ、乗り越えなければならないであろうポイントを指摘するに止める。それは簡易公判手続(刑訴法291条の2)、即決裁判手続(350条の2)との関係で明らかとなる。両者とも、被告人が「起訴された犯罪について有罪であることを自認する」かそれに準ずる制度である。手続の合理化・迅速化を図る趣旨も有罪答弁制度と同様である。ただ、両者とも、憲法38条3項、刑訴法319条3項との間で齟齬は生じないとされる。というのは、両者とも、「伝聞法則を緩和し証拠調べ手続を簡略化したに過ぎず、自白の補強証拠を不要としたものではないから」である。ここで明かなとおり、有罪答弁制度は、「被告人の自認に頼り、事実の基礎がないままに量刑手続に入る」という点において既存の制度と大いに異なっており、それ故、憲法上の問題も生ずるのである。


3 制度導入の場合の現実的問題は?

有罪答弁制度を導入することによって期待できること、懸念されることは何か?

ここでまず、弁護士の立場から導入を主張する者に着目するに、若松芳也氏は、「意に反して自白させられる被疑者・被告人」が存在する一方、「進んで贖罪の観念から服役したい被告人」もおり、また「罰金または執行猶予で済む事案であるにもかかわらず、重い実刑判決をおそれて否認している被告人」もあるなど、複雑な実務があることを前提に、導入に肯定的である。

また五十嵐二葉氏は、「被告人には事件の主体として自己の事件を自ら処分する権限がある。日本では刑訴レベルでのアレインメントが規定されていないために、争いのない事件での安易な公判運営が、冤罪主張事件など本当に争いのある事件の審理方式に持ち込まれ悪影響を与えている。」と主張する。

両者とも有罪答弁制度の導入だけではなく、十分な証拠開示等、手続保障の推進を条件としている。

私も、刑事弁護を担当する中で、両者の意見をリアルに感じることは少なくない。

ただ、若松氏の意見には、「早期に保釈を認めること」で解消されるのではないか?との反論が可能である。

また五十嵐氏の「刑訴における処分権」については、「では、死刑求刑が予測される事件についても処分可能なのか?」という疑問が湧く。

のみならず両者に対しては、いわゆる「人質司法」と呼ばれる現状の下では、有罪答弁制度の導入は何の問題解決にもならないという批判が可能である。すなわち、「被害者・被告人が争う姿勢を見せて否認していると、それを『罪証隠滅の可能性がある』ととらえ、勾留及び勾留延長を安易に認め、あるいは接見禁止の処分を行い、さらには保釈を認めない。」という現実の下では、有罪答弁制度を導入した場合、被疑者・被告人は身体拘束の長期化に屈服して、結局は有罪答弁するように強いられることになるのではないか?という懸念を拭いきれないのである。

次に「公開された裁判」という観点から、次のような懸念がある。

例えば、かつて東京佐川急便事件で金丸信が政治資金規正法違反で略式起訴され、議員辞職して終わったのと同様に、有罪答弁が「事実審理を避け、国民に事実を知らせない。」ために活用されることが望ましいことであろうか?

また、「犯罪被害者」の立場からも、同様の「事実隠し」を許さないという議論があり得る。

以上のとおり、仮に有罪答弁制度を導入するとしても、その前提として、次のような議論がなされるべきであろう。

  1. 人質司法を解消し、証拠開示を進め、弁護人の援助を充実させる等、被告人が真実、自己決定を行う機会を奪われないための施策を調えること。
  2. 被告人が屈服した末の有罪答弁であるか否かを精査しうる弁護人のスキルが要求される。
  3. 対象となる事件の選択にあたって、その予想される刑の軽重、国民の関心、被害者の意思等を配慮する必要がある。

4 結語

日々刑事弁護人を務める立場からは、有罪答弁制度は、極めて身近な問題であった。「起訴された事件の99%が有罪」という現実の下、「情状立証で量刑に影響を与える。」作業に疲れ、「どうせ同じなら犯情の軽い『強』『殺』の付かない事件を」と思いがちであった自分に、「刑事手続の本来のありようをどう考えているのか?」と「喝!」を入れられた気がしている。






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